仮初十六夜問答


 幼い日の記憶をそっと手繰り寄せる。重なり合う想いは今も胸の奥底に沈んでいた。いつだって踏み出す時には理由が欲しい。それが宿命なのだと告げられれば好都合だ。抗えないのだと定められれば、己の選択など関係無い。自分は悪くないと言い訳ができる。宿命、運命。誰の命か、それにすら、気付かないまま。


【8】

『普段から隠すの習慣づけとかないと、いざという時に出ちゃいますよ!』

 今更ながらに新八の叱責が蘇る。ああ、ぱっつあんお前は正しかったよ。今回ばかりは銀さんが悪かった。反省するから少しばかり時間を巻き戻してくれねェか。
 脳内の新八にそう語りかけてみても、生憎そんな術は持ち合わせていない。そもそも新八の術は「眼鏡の色がちょっと変わる」とかそんな感じだ。要するにあまり役に立つ類のものではない。
「土方、」
 快楽に溶けた瞳が宵闇を泳ぐ。部屋の中を照らしているのは朧げな月明りだけだ。それでも、目の前の現実を映し出すには充分だった。忙しなく上下する胸元は焦りを示していることに他ならない。立てていた耳が決まり悪そうに力を無くしていくのが自分でもわかった。
「えっと……その、」
 口から生まれたんですかとまで言われた口八丁はこんな時には何の役にも立たない。だらだらと冷や汗が落ちるばかりで、声を出すこともできなかった。口をぱくぱくと動かしている様は、さながら陸へと打ち上げられた魚のように映っているだろう。冷静になれば此処で幻術をかけて、夢だと思わせてしまえることもできた。だが初めて人から与えられる快楽に混乱し、思考を止められている状態で銀時がその選択肢を選ぶことはなかった。頭の中に浮かびさえしなかった。
「ひじかた、」
 次に襲い来る出来事を予想することもできず、文字通り銀時は丸裸のまま恐る恐る顔を上げた。固まった土方が再び動き出すまでどれくらいの時間が経ったのだろうか。針の筵の中では一瞬が永遠にも感じられる。
「……銀時、」
 小さく名を呼ばれて思わず目を逸らす。すると、それを咎めるように再び唇が寄せられた。煙草の香りが鼻腔を擽って、強張っていた体がほんの少し解れていく。土方はあやすように銀時の唇を繰り返し啄み、その背をそっと抱いた。
「ひじかた?」
 獣耳と尻尾が見えていないのだろうか。いや、そんな筈は無い。現に、口付けの合間に土方は銀時の獣耳を遊ぶように優しく弾いている。
「ちょ、え?なんで、っ、あ、」
 戸惑いながら銀時がその肩を掴むと、咎めるようにまた胸の尖りに吸い付かれる。引っ掛けるように歯で扱かれ、抗おうとする前に声を上げてしまった。
「ッ、や、なんで、待っ、」
「待たねェって言っただろ。なあ、てめェが俺を選んだと思っていいのか?あんなとこまでついてきやがって……っの野郎」
 銀時の抗議を無視して土方が下腹部を探る。呻り混じりの荒い息が、耳に吹き込まれる度に直接脳を犯されているようだった。放った精と何か油のような物を纏わせた指が奥まった場所に触れるのを感じて、銀時は反射的に腰を引いた。
 湧き上がる感情は一体何なのだろうか。恐怖の中にも甘い疼きが蠢いているのはどうしてなのだろうか。答えを探して視線を彷徨わせていると、土方が再び唇を寄せてくる。切なく震えるような衝動に胸を揺さぶられて気が狂いそうだった。
「土方、」
 この姿を見ても、逃げない。恐れない。
「お前、俺が見えてんだろ?」
 堪らず両手で土方の頬を挟み、視線を合わせながら問う。すると、土方は小さく笑うように息を漏らして目を細めた。
「……九尾の狐ってのは、随分間が抜けてるんだな」
 放たれた言葉に目を瞠る。それは、銀時が城で厩舎の下男に取り憑いてしまった時、土方と初めて会話をした時の言葉だ。一体、いつから。揺れる想いがじわじわと喉を焼く。何故か瞳の奥が痛んで、視界が淡く滲んだ。
「……んで、お前、」
 本当に、わかっていて尚、この男は自分を求めている。
 熱を孕んで示された事実に、己の意志に反して呼吸が乱れる。何故、なぜ、こんなにも。
「……うるせェよ。食っちまうぞ」
 土方の背に回していた腕に力を籠めながら、銀時もその時交わしたのと同じ台詞を返した。訳もなく、声が震えた。
 言葉を受けて、土方がまた耳元に唇を寄せる。そうして銀時の獣耳を食みながら欲を剥き出しにして、獰猛に笑った。
「……ふざけんな、俺に食わせろよ」
「っ、あ……んっ、」
 身体が跳ねてしまうのを止められない。銀時は吸い寄せられるように土方へと身を預け、今度はその唇を舐めた。舌先が触れた瞬間、腰が砕けて姿勢を保つこともできなくなった。力の入らない体を再び床へと押し倒される。まるで、雷に撃たれたようだ。己の言うことを聞かない体と意志に、不安ばかりが襲ってくる。怖くて、何かに縋りたかった。そして、それを叶えてくれるのは目の前の男だけだった。
 両手だけでは足りないと、隠すこともできなくなった尻尾を土方の腰へと巻き付ける。欲しい欲しいと頭の中に己の声が響いて、獣のような土方の視線だけで再び達してしまえそうだった。
「ひじかた、もう、早く、」
「まだ駄目だ、ちゃんと良くなってからな、」
 後ろに這わされた指がゆっくりと探るように銀時の中に入り込んでくる。異物感に堪らず土方の身体を抱き締めると、もう片方の手が宥めるように銀時の頬を撫でた。長く無骨な指が今、自分の体を犯している。曝された事実に煽られ、悦ぶように中が動く。締め付けてしまう度にじわじわと熱が上がった。感じる場所を掠める度に意に反して体が跳ねる。そんな場所が気持ちいいなど知らなかった。
「あっ、ああ、っ、中、なんで」
「気持ちいいか?」
「っん、いい、あっん、俺、おかし、」
「おかしくねェよ、っ、ああ、クソ、こっちがおかしくなっても知らねェぞ……」
「っひ、ああ!っん、」
 覆い被さっている土方の身体を撫で回し、太腿に押し付けられている熱に触れる。銀時がそれを握り込んだ瞬間、土方は気持ち良さそうに震えて熱い息を吐いた。自分がこの男を煽っているのだという想いが、脳を溶かしていくようだった。
「っん、あちい、っ、あっん、」
「ああ、いい……銀時、っ、」
 熱に浮かされたように夢中で扱けば、お返しとばかりに気持ち良い場所ばかりを弄られる。早く欲しいと視線を落とすと、触れられてもいなかった自分の欲望が天を仰ぎ、先走りで濡れそぼっているのが見えた。触れられればすぐにでも弾けてしまいそうなくらいに震えている。期待に濡れた厭らしい己の姿を目の当たりにして、また息が上がった。
「んん…ぅ、ひじかた、っ…あっん、や……っ、」
「ぎんとき、」
「っああ!」
 可愛い可愛いと囁かれながら、肉を押し開くようにして土方の欲望が入り込んでくる。限界まで広げられたそこが同じ形になってしまうのではと恐怖を覚えるほどの大きさに戦慄く一方で、胸の奥が歓喜で震えた。興奮しきった土方がふうふうと息を吐くのと同時に、銀時の胸元に汗が垂れ落ちる。その感触すら、行き場を失った熱の温度を上げた。
「あ、っん、や…ぁ、むり、むり、でけェよ、ぉ」
「無理じゃねェよ、まだ入んだろ……っ、」
「ひっ、あ……ああ、ん、っ、あっん、」
 奥の奥まで侵食されて、はくはくと口を開けば、そこにすら土方の舌が入り込んでくる。舌を吸われてビチャビチャと唾液の絡まる音が脳内に反響する。まるで五感が全てこの男に支配されているようだった。文字通り一つになったのだと意識した瞬間、全身が痙攣する。
「っああーっ、やっ、あ……ひじかた、ぁ、」
「……っ、あ、すげェな、いい、好きだ」
「あっ、やだ、っァ、それ、やだ、」
 ギリギリまで抜かれて、切なさに身を捩る。焦らすように浅く抜き差しされると体に空洞ができたと錯覚してしまう。奥が寂しくて、全部埋めて欲しくて、啜り泣きのような声が勝手に出た。
「もっと?」
「っ、ああっ、ん、もっと、っして、おく、っ!あ、ああっ、」
 導かれるまま乞うと土方が嬉しそうにまた銀時の耳を食む。音で犯すように舐め回されて、ぼうっと視界が霞んだ。口を開いたまま零れた唾液を拭うこともできずにひたすら目の前の身体にしがみ付く。互いの汗に滑る肌が重なる度にそこから溶けていくようだった。
「ああっ、おかし、おれ、なんでっ、」
「銀時……っ、いいか?」
「っ、ん、……いい、いい、もう狂っちまう……!あっん、っああ!」
「……っ、狂っちまえよ、見せろ、っ、」
「やああっ……んっ、ひっ……ぃ、やっ、やっ、ああーーっ!!」
 奥まで抉られて、息を詰める。苦しいのにまだ欲しくて欲しくて堪らなかった。だらしなく仕舞えなくなった舌を吸われて、限界を迎えた身体が壊れたように欲を吐き出す。
「ぎんとき、っ、」
 切なそうに名を呼びながら、土方も欲を放つ。中を犯す熱が惜しくて、銀時は気付けば抜けないよう無意識に絡めた尻尾に力を入れていた。土方も放った欲を塗り込むように、名残惜しそうに腰を回す。
「っ、あっ、ちいよぉ……もう、っ……中、が、おかし……っ、」
「ああ……っ、たまんねェ、銀時、っ、もっと奥、入っていいか……?」
「あっん、ひっ……ぃ、ああああ!!!だめ!だめ!……あああっ!!」
 ぐちゃぐちゃと中を犯す音にまたじわりと唾液が漏れてしまう。獣のような、長く深い交わりに意識が朦朧とする。それなのに開かれた体はもっともっとと男を求めた。土方の体に足を絡めて、本能のままに無我夢中で腰を振ってしまう。
「っ、そんなに腰振って、やらしいな……気持ちいいかよ?」
「あっ…ん、いい……いいから、もっと…あっん、ああ!!いいっ、」
「可愛いな……もっと良くしてやるから、もっと見せろよ」
「あああ!!やっ、もう……また出ちまう……止まんねェよぉ……っ、いい、ひじかたぁ、いいっ、」
 壊れたように跳ねる体を押さえ付けられ、熱い杭で穿たれる。頭の中の真っ白に染まり、音を立ててまた舌を吸われた途端に胸の尖りが疼いて堪らなくなった。無意識に土方の胸板へと擦り付けて、更なる快感を得ようと身悶える。
「ひじかたぁ、それ……っ、」
「いいか?どうして欲しい?」
意地悪な言葉を囁かれる度に、土方の欲望をきゅうきゅうと締め付けてしまう。連動するように快感が増すばかりで何も考えられなくなった。
「あ……ぅぅ、して、して欲し……っ」
立ち上がって震えている胸の尖りを引っ掻いて、押し潰して苛めて欲しい。はしたなく先端を濡らしている欲望を扱いて滅茶苦茶にして欲しい。自分でも知らない奥まで暴いて、お前のものにして欲しい。
「あっん……ん、いい……」
土方の手を掴んで自分の胸元へと導く。触ってくれと懇願すれば、土方は舌舐めずりをしながら焦らすように尖りを弾いた。
「ひっ、ん……あっ、や……ぅ」
「こんなになって……孕んじまうかもな、」
再び欲を放ちながら、わざと音を立てるように土方が腰を揺する。粘着質な水音が響く度に穢された体が悦ぶのを止められない。
「っ、んんぅ、」
「孕んじまえ……なあ、銀時、」
「あっ、あっ、」
 耳に舌を捩じ込まれて何度もそう吹き込まれる度に、体が段々と錯覚していくようだった。まるで操られているように腕が勝手に土方の体へとしがみ付く。
 この男に、雌にされている。男の種を受けて、己の身体が芽吹くような感覚すら覚えてしまう。全てを支配される、耐え難い行為の筈なのに身体は間違いなく歓喜に満ちていた。
(……すき、だ、)
 縋るものがほしくてもう一度唇を寄せた。獣は土方の方だった。今自分は獲物として食われたのだ。
 とろとろと溶けた体が液体になって、本当に一つになってしまっても構わなかった。



「……てめェ崖降りてくる時、妖力使って無かっただろ、」
「へ?ああ、それが?」
「前にてめェが言ったのは、人として傍に置いてくれって意味だったのかと思ってよ。んなこと言われたら堪んねェだろ、」
 火照った肌を滑っていく指は毒のようだ。せっかく冷めかけた情動が、気を抜くとすぐに蘇ってしまう。
 意地悪く擽る土方の手を諫めるように尻尾で叩きながら、銀時はその肩に頬を摺り寄せた。まだ体が熱い。
「……気付いてたなら言えばいいのに。てめェ、また人を謀りやがって、」
「最初から気付いてた訳じゃねェ。てめェが下手な変化しなきゃな」
「げ、アレかよ」
「ったく、よく誤魔化せると思ったな。まあ今の今まで半信半疑だったけどよ」
「うるせー、お前以外は騙せてんだろ。は〜あ、言葉足らずは誤解を生むんだよ。さてはテメー女子に好かれねェだろ」
 悔しまぎれに唇を尖らせると、土方は真っ直ぐ銀時を見つめながらその頬を撫でた。
「そうかもな。けど、てめェが釣れたから構わねェ」
「っ、嫌な野郎だなコノヤロー」
 本当に調子が狂う。この男に出会ってからうっかりすることだらけだ。間が抜けていると指摘されても確かに事実なので反論できない。苦虫を嚙み潰したような表情を見られるのも悔しくて、銀時は土方の鍛えられた胸元へ突っ伏した。瞳を閉じると急いた鼓動が伝わってくる。言葉はこれだけ冷静に響いているのに、内心は緊張しているのだ。そうと思うと、憎まれ口が優しくなる。
「初めはてめェの背後が光ってたから、何か背負ってんのかと思ってた。悪ィもんなら祓わねェとならねえ。だから見極めたかったんだよ」
「……へ、なら背負ってるどころか俺が狐だったのに何でお前こんなことしてんの、祓えよ」
「それは、」
 耳を下げるとそっと頭を撫でられて、銀時は心地良さに息を吐いた。
「……昔の話だ」
 夜風に音を乗せるように、土方がゆっくりと口を開く。
「まだガキの頃、この屋敷に連れてこられて直ぐ、冬山に置き去りにされたことがあってよ。俺は嫡子じゃねェから、当然それが気に食わねえ奴もいてな」
 淡々とした口調には恨みや憎しみの類は感じられなかった。銀時が黙ったまま見つめ返すと、土方はそっとその獣耳に触れた。
「子供心に死ぬんだと思ってたら、狐に穴ぐらに引っ張り込まれて、一晩中温められて……気付いたら屋敷に戻ってた」
優しい手つきはまるで銀時を温めるように動く。自分がされたことを思い出しているのかもしれない。
「それから、春になって何度も山に行ってソイツと過ごした。まだ屋敷に居場所は無かったしな。そしたら、今度は俺が狐憑きになったって家人が騒ぎ出してよ。こっそり俺の後をつけて、その狐に向かって矢を射った」
ぴたりと、指先が止まった。
「手、伸ばしたけど間に合わなかった。矢が刺さったままソイツは谷に……落ちてく間も俺の顔をじっと見てた。……てめェとよく似た毛並みだった」
 部屋に灯した狐火が、土方の呼吸に合わせるように揺れる。
「狐が化かす生き物だって人が言うのはわかる。けど俺は、化け狐だろうが悪さする奴かどうかをそれだけで判断したくねェ。幸い俺は見えるしな、」
「……そっか、」
「てめェは人であろうとしてただろ。戦場でも剣一本で……まあ、あそこに来るまでに術は使ったんだろうが。いくら何でも着くのが早すぎる」
「……それはまあ、」
「とんでもねェ馬鹿が来たと思った、」
 放つ言葉とは裏腹に、響く音は酷く優しい。狐だというだけで退治しようとする者がほとんどなのに、土方は城で初めて会った時もまず銀時の話に耳を傾けたことを思い出す。柔らかな心は深く、強い。
「なあ、」
 広げた尻尾で土方の身体を包みながら、今度は銀時がその頭を撫でる。
「何だ」
「狐を射った家人はお前の為にやったんだろ?悪さすると思って」
「ああ、そう言ってた」
「その狐のことはよくわかんねェけどよ。お前を見てたのは、心配だったんだと思うぜ。狐憑きって言われて、お前が酷い目に遭うんじゃねェかって、」
 小憎らしく感じていた滑らかな黒髪も、愛おしい。
「……そうか、」
「ああ、恨まれてりゃ背負ってる筈だ。今のお前にそんなもん憑いてねえし、何より憑いてりゃお前が見えねェ訳ねえだろ?」
「……ああ」
 静かだった瞳が僅かに揺れる。風の無い夜の水面のように。
「きっと、こうしてお前が立派になったって知りゃあ喜ぶだろうよ」
 土方の頬に触れ、赤子をあやすように尻尾を揺らす。己を包む尾の一つを玩びながら、土方がそっと顔を上げた。
「銀時、」
「ん?」
「てめェは、同族がいるのか?」
「いや、いるかもしれねェけど、生憎親の顔も知らねェな。妖なんてそんなもんだ」
「そうか」
 少し残念そうにそう言って、土方がまた唇を寄せる。触れるだけの口付けを交わせば、その口元が今度は意地悪く吊り上がった。
「だから、初めてだったのか、」
「っ、うるせー!てめェ、本当に喰ってやろうか!」
「この間は本当に手ェ出してなかったんだな、安心した」
「だからそう言ってただろうが!人の話聞けっつーんだよ、お前も!お前の部下も!今更だけどな!」
 絡めた尾を解き、バシバシとその身体を叩く。それでも抱き締められれば素直に従ってしまうのが悔しくて、不機嫌を装い背を向けた。すると、すぐに土方の腕が伸びてくる。
「銀時、」
「……何だよ」
 項に唇を押し当てられて、思わず息を詰めてしまう。優しく食まれて舌が這う度に身体が跳ねた。
「もう一回、」
 いいか、と肌を吸い上げられれば意に反して溶け出す身体が厭わしい。銀時は三度火照り出す身体を持て余すようにして、土方の身体に手足を絡めた。




 遠くから梟の声が響いてくる。静かな夜は草木の呼吸まで聞こえてくるようだ。
 己を抱き締めている腕をそっと外して、銀時はゆっくりと起き上がった。夜空に浮かぶ月が滲んでいる。
「……っ、いって、何がもう一回だ。初心者相手に結局何回ヤッてんだよコノヤロー」
 慣れない痛みに身体が悲鳴を上げている。全てを喰らい尽くそうとでも言わんばかりの激しい行為に、途中から意識が朦朧としてしまった。自分が何をしているのか、何を口走っているのかもわからなくなるなんて初めてのことだった。
「ったく、すっきりした顔しやがって。具合悪かったんじゃねェのかよ。よくまあこんだけ体力あるもんだ」
 眠る横顔に口付けて髪を撫でる。病の治りかけで無理をしたのが響いているのだろう。試しに鼻を抓んでみても、土方が起きる気配は無い。戦の後だ。研ぎ澄まされ過敏になった神経を収めることができずに、こういう形で発散したのだろうか。それとも、本当に銀時の事を想うようになったのだろうか。何が彼を駆りてたのだろう。そう思う一方で、どちらでもいいだろうと己の声が囁く。
「あいてて、こりゃ本当に明日は腰立たねェぞ」
 欠けた月が何も言わずに部屋を照らしている。銀時は軋む身体を擦りながら、もう一度その頬に触れた。
「……まさか、あん時のクソガキだとはなぁ。どうりで、」
 どこか懐かしい香りがすると思っていたのはそのせいだったのだ。
「お前が気に病む必要なんてねェのに、」
 記憶に連動するようにして、脇腹が僅かに疼く。新八や神楽に心配をさせないよう普段から昔の傷跡は隠している。二人と過ごすようになって習慣になったことがまさかこんなところで役に立つとは思わなかった。
「……てめェの負い目になるようなこと、あっちゃならねェ」
 こんな男を鬼だと、誰が言ったか。打たれて、身を削り続けてまたその光が増す。
「土方、」
 そっと、瞳を閉じる。新たな誓いに身を縛る。
 そう、初めから自分はこの男を選んでいたのだ。
「お前を護るよ」
 例え銀時にとっては僅かな時間でも、その命尽きるまで。

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