Dear Rosy Glow


【7】


幻覚と幻聴だと思った。霞む視界に現れた姿と、耳鳴りの中に響く声。あの時と同じだ。薄れゆく意識が闇に呑まれる瞬間、お前の声を聴いた。いつもそうだ。お前は俺をこの世に引き戻す。
「……万事屋、」
伸ばした手は戸惑いなく引き寄せられ、頬に押し付けられる。あたたかい。生きている。剣に生きると決めたからには無様で惨めな最期になることも覚悟していたつもりだった。それなのに、最後にお前の体温を覚えるなんて皮肉なものだ。
想像もしなかった現実の中に居る。思わず笑みを漏らすと、目の前の顔が苦しそうに歪んだ。違う、そんな顔をさせたいのではない。
「似合わねえ、ツラ、すんな、」
勝手な言い分だ。命を盾に言うことを聞かせている。勝手に恋焦がれて、想いを押し付けて去っていく。もし普段の生活の中で俺が同じ事を言ったとしたら、お前はどうしていたのだろうか。いつもと同じいけ好かない態度で「面白くねェんだよ、冗談も休み休み言え」とでも宣うだろうか。のらりくらりと鼻でも穿りながら。
未練がましくて嫌になる。お前がこの街で馬鹿やってるのを見られればそれだけでいいと、只々その幸せを願っていればよかったのに。



ガラス越しに空を見上げれば、鋭い日差しが容赦なく瞳を焼いていく。隙間を縫うように忙しなく宇宙船が飛び交う様子は広い空を狭く見せた。剣を振れない仕事は正直退屈という言葉が出てしまいそうだ。時間が過ぎるのが異様に遅く感じてしまう。
「オイ、総悟。サボるんじゃねえよ」
「サボってませんぜ。こんなに目ェ光らせてんのがわかってねえとは土方さんも耄碌しましたねェ。引退した方がいいですぜ」
アイマスクに描かれた目を指して自信満々に沖田がふんぞり返る。呆れて一発頭を叩けば渋々と顔を上げた。
「ったく、減らず口ばっか叩きやがって」
「だいたい検疫なんて俺たちの出る幕じゃねえでしょうや」
「仕方ねえだろ。爆破予告がきてたんだからよ」
つまらなさそうに伸びをする姿にもう一発お見舞いしてやりたかったが、気持ちはわからなくもない。
ターミナルと客船を爆破するという過激派の予告を受けて警備に駆け付けたところ、覆面をした男の挙動がおかしいという通報により犯人はあっさり捕まった。犯人は攘夷浪士ではなく、彼らに憧れを抱く未成年だった。なんでもターミナルはおろか江戸に来たのも初めてで、自分が乗り込もうとした船もわからず迷子になっていたらしい。
事件は早々に解決したものの、職員の多くを避難の為帰宅させていたので、そのまま真選組が業務を手伝うことになった。
「犯人がお粗末過ぎだ。あっちは目くらましかもしれねェだろ、真面目にやれ」
「へいへい、わかりやした」
入れ替わり立ち替わり現れる乗客の中から、挙動が怪しい人物や検疫探知犬が反応した人物の荷を改める。危険なのは凶器や爆発物の類だけではない。違法薬物の持ち込みや希少な動植物の密輸なども犯罪組織の資金源となっている場合がほとんどだ。上手く売人を抑えることができれば組織ごと芋づる式に検挙できる可能性もある。
入国者の犯罪履歴を照合しながら行き交う人々に目を光らせていると、ふと小さな子供を連れた男が目に付いた。年齢は五十代だろうか。まるで犬のような、獣めいた鼻の様子から異星人だろうと判断したが、連れている子供は地球人のようだった。
「申告が必要なもんは持ってねえな?」
「ハイ、アリマセン」
独特の訛りがあるイントネーションだったが、真っ直ぐに目を見つめて答える様子に不自然な点は無い。データベースを検索しても前科は無かったが、少し引っかかりを感じて荷を改めた。するとスーツケースの中身は着替えが二、三着入っているだけだった。怪しみながら服を除けると案の定紙袋とビニール袋で厳重に梱包された包みがいくつも現れる。これでどうして隠せると思ったのか。
「これは?」
「お、おみやげ、デス」
中を傷つけないようにテープに沿ってカッターを当てる。包みを開くと一見しめじのように見える茸がみっしりと詰まっていた。
「茸じゃねェか。食い物は申告必要って言ってんだろ?違反だ」
「ち、ちがいマス、それ、薬デス」
「今土産って言ってただろうが」
「そうデス、おみやげの薬デス」
「どっちにしろ申告は必要なんだよ。菌類なんて尚更に決まってんだろ。オイ山崎、検査に回せ」
急に慌てふためく男に益々不信感が募る。茸は幻覚作用を持つ物も多い。麻薬の類だろうか。親子連れを装った運び屋も珍しくない。
「密輸か?何回目だ?」
「本当に違いマス、私の姪、地球に住んデル。子供欲シイって言うカラ、私の星にたまに生えるキノコ、すごく効く持ッテキタ。地球で買エナイ、故郷でもスゴク高イ」
演技なのか本当なのか男は慌てながらひたすら違うと繰り返す。すると退屈そうに高みの見物を決め込んでいた沖田が何かに気付いたようにアイマスクを上げて覗き込んできた。
「土方さん、俺コレ知ってやすぜ、不妊治療に効果あるってついこの前ニュースでやってやした」
「本当か」
「嘘か誠か、何でも他所の星じゃあ食った奴が男でも妊娠した例があるって話でさァ」
急に飛び出した現実離れした話に思わず顔を顰める。俄かには信じがたい。話半分で沖田の話と男の言い訳を聞きながら検査結果を待つ。暫くすると検査員と山崎が検査結果と資料を持って戻ってきた。
「沖田隊長の言う通りですね。違法薬物の類ではありませんでした。元々高級食材として輸入されてたようなんですが、不妊治療に効果があるとわかってからは三倍以上の高値で取引されてます」
山崎が告げる結果を受けて男の顔が明るくなっていく。
「ホラ、私嘘言ッテナイヨ!」
「だとしても申告無しは罰金だ」
「ええ〜ソンナ〜だって申告スル高イヨ〜」
無視して事実を告げると、次の瞬間には青くなる。忙しい男だ。
「やっぱりわかってて申告しなかったな?罰金の方が遥かに高ェんだよ。勉強料だと思って次からはちゃんとしろ」
がっくりと肩落として涙ぐむ男にきっぱりと言い捨てて、支払いのカウンターへと誘導する。初めからきちんと手続きしていれば金も時間も無駄にすることはなかっただろうに、全くもって同情の余地はない。
「しかし男も妊娠するなんてすごいですね」
手元の資料を読みながら、山崎がしみじみと呟く。
「それはさすがにねえだろ。噂に尾ひれついてるだけじゃねェのか」
「いやいやわかんないですよ。副長知ってます?タツノオトシゴって群れの中で一番デカい奴がメスになるんですけど、そのメスが死ぬと今度は二番目にデカかったオスがメスに性転換するんですよ!地球にだってそんな生き物がいるくらいなんですから、宇宙規模で考えたらいくらでも可能性ありそうじゃないですか」
「いや知らねえけど、」
「その内、性別自体が無くなっちゃうかもしれないですよね。ああ〜俺もたまさんに会いたいなあ」
まさかロボットとも子供が作れる未来がやってくるとでも思っているのだろうか。力説を続ける山崎を不穏に思いながら、逃避するように再びガラス越しの空を見上げた。

子供を望む。自分の人生においては考えてみたこともなかった。何のしがらみもなく、想う相手と。そんな未来など有り得ない。遠い過去に置き去りにしてきたのだから。

『俺も、おんなじだ。お前がどうなろうと、俺はこのまま、ずっとお前を、』

銀色の影が脳裏を過ぎる。例え死に逝く者に対する同情から出た言葉だったとしても構わない。無様に戻ってきてしまった今、この先はあの言葉だけで生きていけると思った。離れていても、その幸せを願えると思った。それなのに、
(……具合悪いって言ってたな。大丈夫なのか?)
こうして生き長らえてしまった今、込み上げる衝動が全身を燃やしている。それでも会いたい。会いたいと、胸の奥で浅ましく叫ぶ声が日に日に強さを増していく。アイツは墓まで持っていくと言った。それに応えなければいけないことはわかっている。抑え込まなくてはならない。どんなに、焦がれても。

「お〜い沖田隊長〜!次の便行きますよ〜!」
背後に向かって声を上げる山崎につられて後ろを振り返ると、沖田はまだ壁に寄りかかったままでいた。山崎が声をかけても微動だにせず、顎に手を当てたまま何か考え込んでいるように見える。
「どうした、何かあったか?」
「ちょっと気になることがありやして……」
「何だ」
珍しく神妙な顔つきで眼光を鋭くしている様子に思わず息を呑む。無言で見つめ返すと、沖田はゆっくりと口を開いた。
「……さっきの男、ブラ透けてやした」
「知るかァァァ!どうでもいいわ!」
コイツの言うことをまともに聞こうとした俺が馬鹿だった。飄々とした様子に舌打ちしてから、無視して前へと進む。真面目に受け取った五秒前の自分を殴り倒してやりたい気分だ。
当然、そのまま後ろを歩く沖田が続けた言葉も聞くことはなかった。

「まさか、ねェ、」

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