Dear Rosy Glow


【3】


「それじゃあ僕は帰りますけど、くれぐれも飲まないでくださいよ」
「心配しなくてもそんな気力ねーよ」
「新八、私に任せるネ。しっかり見張ってるアル」
簀巻きにされる勢いで布団に押し込まれ、仕方なく縮こまる。アル中扱いされるのは納得いかないが、咄嗟の言い訳でそういうことにしてしまったのは俺自身なので黙るしかなかった。あの後結局神楽が起こした大惨事により庭木は弄ることができず、依頼は後日に延期になった。結果予定よりも早い帰宅になったことは不幸中の幸いだ。あのまま居ても体が回復するとは思えなかった。
(……にしても、どうしちまったんだか、)
溜息を吐きながらそっと腹部を撫でる。最近はほとんど三人と一匹で食卓を囲んでいる。何かに中ったのなら二人にも症状が出ている筈だ。それにもし中っていたとしても、食中毒の症状がこうも慢性的に続くものなのだろうか。
『銀時様の腹部に僅かに異物が見受けられます』
唯一気になるとすれば、あの時のたまの言葉だ。やはりあれは何かの病気の予兆だったのだろうか。
(最悪癌、とかか。まあそうならそうで仕方ねェけど)
今更命を惜しむような生き方はしていない。それでも徐々に弱っていくのは真綿で首を締められるようだ。これを見せねばならないのは気が滅入る。かといって今更逃げ出す訳にはいかない。
ふと、かつて新八に殴られた頬の痛みが蘇る。同じことを繰り返す訳にはいかない。
襖越しにいつもより控え目なテレビの音が響く。神楽がレディース4を見ているのだろう。適度な雑音はまた眠りを誘う。ウトウトと瞼を閉じようとした瞬間、玄関の戸が開く音がした。音の主は確認を取ることなく、真っ直ぐ応接間へと向かってくる。
「銀時はいるかい?邪魔するよ」
「どーしたアルか?」
「悪いね、ちょっと買い物行ってくれるかい。釣りは駄賃にしていいからさ」
「本当アルか!任せるアル!」
おいおい何早速買収されてんだ。俺のこと見張るんじゃなかったのかよ。半分寝ながらそうツッコんでいると、遠慮なしに襖が開いた。
「ったく、寝汚いねェ」
「何だよババァ、家賃ならねェぞ」
条件反射で追い払うように手を振る。だが、お登勢は珍しく怒る素振りも見せぬまま傍らに膝をついた。
「今そこで新八に会ったよ」
「……それが何だよ」
「夜飲みに出てる様子は無いし、酒の買い置きもしてない。このところ食も細いって言うじゃないか。アンタ、本当に二日酔いかい?」
確信を持った言葉に思わず押し黙る。だが自分でもわからないものを応えることなどできやしない。聞きたいのはこっちのほうだ。
沈黙が答えだと悟ったのだろう。お登勢は小さく息を吐いた。
「たまから聞いたよ。腹に影があるっていうのが関係あるんじゃないのかい?病院は?」
「……行ってねェ。怠くて眠いだけだったから様子見てたんだよ。吐いたのも今日が初めてだ」
見下ろされたまま問い詰められるのはどうにも分が悪い。ゆっくりと起き上がって、応接間に移動する。神楽が消し忘れていったのだろう。点けっぱなしのテレビはいつの間にかニュース番組に切り替わっていた。冷蔵庫からオレンジジュースを取り出しソファに戻ると、お登勢が不審そうに眉を寄せた。
「アンタがオレンジジュースなんて珍しいね。いつもは甘ったるいのばっかりなのに」
「あ〜なんか、すっきりすんだよ。これだったら腹に入るっていうか、」
幸いにも吐き気は随分と治まっている。やはり一時的な不調だろうか。
「まあほら、アレだ。ストレスだよストレス。俺も色々あんの」
「アンタがそんな殊勝なタマかい。まあ、続くようなら病院行ってきな。子供に心配させんじゃないよ」
「おう、わかってるって」
ストレス、と言葉にしてみると妙な感じだ。けれど、思い当たる節もあった。
あのままもし土方が助からずに命を落としていたとしても、何も変わらないと思っていた。もしかしたらそれが自分自身を抑圧していたのだろうか。馬鹿な話だ。きっとこの先だってお互い何度でも起こり得ることなのに。
「それにしても、」
思考の渦に陥りそうになっている所を、お登勢の声が現実に引き戻す。まだ何かあるのかと顔を向ければ、穏やかな視線が俺を捉えた。
「眠気に吐き気、おまけに柑橘系が欲しくなる、なんて妊婦みたいだねェ」
「ああ?何言ってんだ。俺ァ男、」
あまりにも馬鹿な発想にもっと上手い冗談を言えと言いかけて、俺は続く言葉を呑み込んだ。何故ならばテレビ画面に突如現れたニュースが全ての動きを奪っていったのだ。
『今回見つかったこの菌、主にこちらの茸に寄生しているものなんですが、不妊治療に画期的な効果があるとして本格的に研究が始まったそうです。女性が摂取すると格段に妊娠の確立が上がるそうなんですが、どういった作用が働いているのかはまだ解明されていません。ですが、異星ではこの茸を過剰摂取した男性が妊娠したという事例も報告されています』
『えっ男性もですか?』
『ええ、非常に希少な茸なので中々難しいそうなんですが、このまま研究が進めば同性のパートナーを持つ方にも新たな未来の選択肢が増えるかもしれませんね』
『さて、次のニュースです。先ほど茶斗蘭星の大統領一行がターミナルに到着しました。大統領は明日、江戸城を訪問する予定で……』
一瞬流れたタイムリーなニュースに釘付けになってしまう。頭が真っ白に、とはまさにこの事だ。
まさかそんなバカなこと。
「……銀時、アンタまさか、」
固まる俺をますます不審に思ったのか、妙に気遣わしげな声が隣から投げ掛けられる。
「おいババァ、」
全身に突き刺さる視線が妙に痛かった。
「俺、この茸食ったかもしれねェ」


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