Dear Rosy Glow


【2】


『ブラック星座占い、本日一番ラッキーなのはてんびん座のアナタで〜す!』
斜め下からのアングルから食い入るように麗しの結野アナの姿を見つめる。その内画面に穴が開くかもしれない。
『思わぬ贈り物が届くかも?きっと生涯の宝物になりますよ』
俺たぶんてんびん座だから一番ラッキーなら一発お願いできねェかな。そう思った途端に新八の厳しい手刀が入る。どうやら声に出ていたらしい。
「いってーな、何すんだ」
「朝っぱらから何最低なこと言ってるんですか。とっとと食べてくださいよ。そのペースじゃいつまで経っても片付けられませんから」
続けられる小言に決まりの悪さを覚えて溜息を吐く。お前は母ちゃんか。口に出すとさらに小言が増えそうなので、大人しく箸を動かした。だが胃の辺りがどうにも重く、中々進まない。何だか酷く億劫だ。
「……ごっそーさん」
「あれ?もういいんですか?全然食べてないじゃないですか」
「何か胸ヤケしてよ。二日酔いかねェ」
「もう、ほどほどにして下さいよ」
食器を片付け、ジャンプを手に取り社長椅子にどっかりと腰掛ける。本当はもうずっと酒は飲んでいない。あの日から、なんとなく酒は断っていた。飲めばどうしてもあの男のことを思い出してしまうからだ。回復の知らせを聞いた後もどうにも飲む気にはなれなかった。欲しいとも思わなくなった。
(……このまま酒止められっかもな。まあ、どうでもいいか、)
ジャンプを二、三ページ捲ったところで急な眠気に襲われる。また、だ。近頃やけに眠い。夜寝つきが悪い訳でもないのに、妙に日中眠くなる。寝過ぎているせいで腹も減らないのだろう。
「ああもう、銀さん、寝ないでくださいよ。神楽ちゃんも準備して」
「……あ?」
「何アルか?」
「十時から依頼入ってるって言ったでしょーが。剪定の手伝いですよ」
「ああ、今日か、」
「そよちゃんに会えるアルか?」
気を抜けば重くなる瞼を叱って、ゆるゆると立ち上がる。以前仕事が無いと神楽が愚痴を零したらしく、こうした雑用が頻繁に入るようになった。どうやら姫様がコッソリ手を回してくれているらしい。実際に手配しているのはあの側近のG嫌だろうが、依頼が来るならどっちでもいい。今回は怪我をした見習いの代わりに庭師の手伝いだ。
期待に満ちた神楽の視線に苦笑して、新八は眉を下げた。
「いや流石にお城の依頼は僕らなんかにこないって。確か今日は午前と午後二か所回るんじゃなかったかな」
「う〜つまんないアル」
「仕方ないよ。ほら、準備して。銀さんも」
「へいへい」
そんな新八と神楽のやり取りを横目で見つつ、俺はすっかり油断していた。そう、そよ姫の紹介ということは城に出入りしている職人であり、当然他の現場も幕府関係の可能性が高いということだ。午後の現場、庭師の運転で二件目の門前に到着した時、不覚にも俺は初めてその事実を突きつけられたのである。
「「げ、」」
堂々とした門構えに掲げられた「真選組」の文字に神楽と同時に息を吐く。
「あれ、万事屋の旦那じゃないですか。何してんですか」
ひょっこり現れた山崎が早速俺たちの姿を見つけて首を傾げた。
「依頼だよ。庭師のオッさんの手伝い。でなきゃこんなむさ苦しいトコに来る訳ねーだろ」
「ああ、そうなんですね。だったらいいんですけどあんまり破壊しないでくださいよ」
げんなりしながら嘆く山崎の視線の先には、お互い物騒な得物を振りかぶっている神楽と沖田の姿がある。既にゴングは鳴ってしまったらしい。
「……それはお互い様だろ」
「あー!神楽ちゃんストップストップ!」
新八が止めようと慌てて声を上げるが、二人にはもう周囲の音は聞こえてないようだった。取っ組み合いが始まっては誰も手出しできないことは皆承知している。山崎は既に諦め顔だ。
「あ〜あ、帰ってきたらまた副長にどやされるなあ、」
不意打ちの人物の名にピクリと肩が跳ねる。表情には出さないように鼻を穿った。
「土方さん、まだ入院してるんですか?」
一般病棟に移ったと新八が聞いてきたのはいつだっただろうか。恐らく二週間は経っている。俺が黙ったままでいると新八が心配そうに声を上げた。
「うん、まだリハビリ中だけど来週には退院できるって今朝言われてね。副長だいぶ筋力落ちたからって病室でも筋トレしててさ、もっと重いのくれって毎日増えてくから持ってくこっちの方がバテそうで参っちゃうよ」
「そうなんですか、よかった」
二人の会話が耳と擦り抜けていく。途端にまた胃がせり上がってくるような感覚に襲われてしまう。マズい。外だというのに。
「悪ィ、ジミー、厠貸して、」
「あ、はい、こっちですけど旦那真っ青ですよ、大丈夫ですか?」
耳鳴りがしているようだ。二人の声も自分の声もどこか遠くに聞こえる。額から脂汗が吹き出し、胃を押し上げる衝動を我慢できずにその場に蹲った。どうにか口元を抑えようとするが、堪え切れずに嘔吐してしまう。
「旦那!大丈夫ですか?」
「……悪ィ、」
「気にしないで全部吐いちゃってください。俺ちょっと水持ってきます!」
「すみません山崎さん、銀さん大丈夫ですか?」
心配そうな新八に、大丈夫だから仕事に戻れと示す。渋々と庭師の元へ戻る背中に無言の詫びを入れながら胸元を抑えた。すると入れ替わるように沖田と神楽が駆け寄ってくる。
「旦那、具合悪ィんですかィ。中で休みやすか?」
「……いや、ただの、二日酔い、」
吐き出す物は胃液しかない。意識して大きく息を吸い込むと、漸く呼吸が戻ってくた。そのまま咳き込みながら荒い息を繰り返していると、沖田の手が意外にも優しく背中を擦った。
「あっ、何するネこのドS!銀ちゃん!大丈夫アルか!っ……オボロロロロ、」
「テメーこそ何してんだ!」
「ぎゃー!チャイナさんがもらいゲロを!うわっくせっ!すげえ量!」
阿鼻叫喚に包まれる現場に、もらいゲロが連鎖する。その中で、地獄絵図から瞬時に撤退した沖田が縁側で首を傾げていることなど、俺は知る由もなかった。
「二日酔いねェ……酒の匂いなんかしなかったけどなァ、」

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