タイムリミットSOS!



金時くんへ

お元気ですか。僕は相変わらず宇宙を忙しなく回っています。
この間久しぶりに茨城くんとキャバクラに行きました。
モテない気の毒な君にぴったりな物を見つけたので贈ります。

P.S.
体に気をつけてね(笑)
悪い物を食べないようにしてください。



「言ってる本人が悪ィ物送り付けてんじゃねーか!!つーか余計なお世話ァァ!!」

 わなわなと怒りで震える手を止めることができずに、目の前の手紙を破り捨てる。本当に碌なことをしやしない。そして何で俺も学習しないんだと思わずにはいられない。ああもう俺のバカ。
 頭を抱える俺に向けられる新八の視線はやはり冷ややかだ。
「贈り主が坂本さんって時点で疑ってくださいよ。甘い物見るとコレだから、」
「うるせー、まさかこんなモン仕込まれてるなんて思いもしないだろーが!」
 ダン、と音を立てて勢い良くテーブルに拳を打ち付ける。すると端に置いてあった小さいダンボール箱が弾みで床に落ちた。中から硬質な音と共にピンク色の小瓶が転がっていく。同時に、空になったキャラメルのパッケージがはらりと落ちた。中身は既に俺の腹の中だ。
「心配する必要ないネ。銀ちゃんきれいヨ。」
「慰めにもなってねーよ。嬉しくねーんだよ。」
 溜息を吐きながら自分の体に視線を落とした。
 俺の胸に実った季節外れのメロン2つを神楽が揉んでいる。



【第2錠】 ToLOVEる鬼ごっこ



ハッピーピンクトライアルセット 〜コレで貴方も乙女の仲間入り!?〜

一度女性の気分を味わってみたい…でも工事する勇気なんてないし…
そんなアナタの為に期間限定トライアルセットをご用意しました!
Q.どのくらいの時間効果があるんですか?
A.1粒で24時間、アナタ好みの女性の体を手に入れられます。今回はお試し用に7日分ご用意致しました!
Q.副作用が心配なんだけど…
A.安心の快援隊ブランド!あらゆる種族を被検体としたテストをクリアしております。
万が一お気に召さなかった場合は全額保証致しますのでご安心下さい!
Q.薬はニガテ…飲みやすいタイプはありますか?
A.当社の製品は飲みやすい糖衣錠タイプ!
さらに!今回は特別に期間限定キャラメルタイプのサンプルをお付けしています!おやつ感覚でどうぞ!
Q.ぶっちゃけセックスしても影響ない?
A.人体には影響ありませんが、人間関係に多大な影響を及ぼしますのでくれぐれもご注意下さい。

製品版・その他のお問い合わせは快援隊お客様サービスセンターまでお気軽にお電話を!

「だ、そうですよ銀さん、」
「おせーよ…、」
「『アナタ好みの女性の体』ですって、銀さんそういうの好みなんですね。」
「いやらしい目で見てんじゃねーよ。このダメガネ。」
「不潔アル。二度と私に話しかけないで。」
「み、見てないですよ!!何ですかその軽蔑の眼差しは!!」
 説明書を読みながらチラチラ視線を送ってくる新八に舌打ちして、唾を吐き捨てる。一通り怒り狂った後で俺はようやく冷静になり始めていた。

(まあなっちまったもんは仕方ねーし、24時間で戻るっつーなら楽しむのもアリだよな。)

「せっかくだから俺ちょっと出てくるわ、」
「女湯とか覗かないでくださいよ!」
「馬鹿オメー今の俺が男湯入るほうが犯罪だっつーの。」
「銀ちゃん頑張ってバカ男ひっかけてくるヨロシ。ウチにはもう味噌しかないアル。」
「おー、いっちょ頑張ってくっか。」
「ちょ、銀さんんんん!!神楽ちゃんも何言ってんのォォ!!」
 新八のツッコミを背中で受けながら階段を降りる。視点が違うせいか何となくいつもの風景が違う物のように感じてしまう。どうやら身長も低くなっているらしい。何だか外に出た途端に人の視線が気になって、つい小走りでショーウィンドーの前に立ってみた。
(お、なかなかコレいけんじゃね?)
 胸と尻はむっちりしてるし上向きだし、なかなかどうして俺好みだ。顔が俺じゃなければ一発どうですか、くらい声をかけてもいいけど、何せ自分相手じゃそうもいかない。
(顔…も若干違うな、線細くなったみてえ。コレほんとに骨とか影響ないのかね、)
 ああでもない、こうでもないと色んなポーズを決めてみる。
 周囲の冷たい視線も省みず、ガラスに向かって百面相していると後ろから急に冷めた声がかけられた。
「オイ、そこの、」
「何?」
 振り返った瞬間にぎくりと固まってしまう。
 まさかこんな早くに見知った顔に会うとは予想外だ。
「怪しいな。名前と職業は?」
「え、っとその、」
「ん?どっかで見た顔だな、」
 煙草の煙がゆっくりと立ち上る。何だか嫌な予感がひしひしって奴だ。
 よりによって一番いけ好かない野郎に一番最初に会っちまうなんてツイてない。俺だとバレたら変態のオカマ呼ばわりは確実だ。いや、あのドS王子じゃない分まだマシか。

 あからさまにうろたえる俺を見て、土方は同じ質問を繰り返した。
 できるなら早めに済まして切り上げたい。何でもイイから使える嘘を念じていると、口が勝手に動いた。
「…その…俺、記憶なくて、」
「ああ?」
「そ、そう!事故に遭って記憶が無いんです!だから町歩いてたら何か思い出すかもしれないと思って…、」
 恐る恐る顔を上げると、土方は鳩が豆鉄砲くらったような顔をして固まっている。
 しまった。いくらなんでも不自然過ぎたか。

「…そうか、悪かったな。」

(えええー信じちゃってるし!)

「はあ、」
「この辺は危ねえ奴が出るから気をつけろよ。何かあったら直ぐ通報しろ。お大事にな。」
「あ、アリガトゴザイマス、」

 今度は俺が豆鉄砲をくらう番だ。

(お人好し…つーかバカ?)

 口に出すとまためんどくさくなりそうなので心の中だけに留めておく。
 そのまま土方の背中を見送って、この場は一件落着。そうなる筈だったのだが、そうはいかなかった。
 土方が歩き出そうとすると、散歩中の犬が暴走したのか物凄いスピードで向かってきた。これだけならよくある風景だったのだが、俺はその犬に見覚えがあった。
「げ、定春、」
 嫌な予感を感じる間も無く、暴走中の定春は道行く人々を撥ねて行く。勿論、土方も例外ではない。
 弾き飛ばされた土方の体は高速スピンがかかりながら空中へ舞い上がり、あろうことか俺の上に落ちてきた。

 ぎゃっと潰れたような声を出して衝撃に倒れ込む。定春が起こした砂煙で周囲がよく見えない。
 すると、何か初めての感覚が俺の体を襲った。何か落ち着かないような、むず痒いような、初めて味わう奇妙な感覚だった。

 砂煙が徐々に引いていく。段々と視界が晴れていく。
 予想通り、俺は土方の下敷きになって道端に倒れ込んでいた。

「…いってえなー、って、アレ、」
 土方の顔は衝撃で激しく埋もれていた。
 先程デビューした俺のたわわな谷間に。
「て、て、テメ、」
「あ?…この感触は、」
 そして俺は奇妙な感覚の正体と、土方が朦朧としたまま俺の乳を揉んでいるという事実を理解した。
「何してんだテメーはァァァ!!!」
 条件反射って奴だった。気付けば俺は奴の腹に手を回し、渾身の力で持ち上げていた。
 自分でもこの細腕でよくそんな力が出るもんだと感心したが、それは所謂火事場のクソ力って奴だ。俺の背中は弓のように撓り、奴の頭は芸術的に地面に叩きつけられた。ここに観客が居たらさぞや拍手喝采が起こったことだろう。
「…あ、しまった、」
 我に帰って手を離すと、土方は既にあっちの世界の住人だった。
 そっと肩を揺さぶってみても、頬を叩いてみても、直ぐに目を覚ます気配は無い。
 自分のしたことにどうしようと一瞬青褪めてみたももの、俺の頭に次に浮かんだことといえば「コイツが目を覚ましたら殺される」それだけだった。
「ご、ごめんねー土方くん。ほら、事故だよ。な、俺、謝ったし、」
 聞こえない言い訳を呟きながらジリジリと後ずさる。そのまま20秒ほど待ち、土方の意識が戻らないことを確認して俺は脱兎のごとく走り出した。

(俺のせい?俺のせい?いやありゃ向こうが悪いんだよね?アイツがぱふぱふしなけりゃ俺だって投げ飛ばしたりしねーっつーの!正当防衛!じゃあ何で俺逃げてんだよ!でも見つかったらぜってーアイツ刀抜いてくるしよー!)

 心なしか息が上がるのが早い気がする。やっぱり女ってことで若干体力落ちてんだな、これからはもうちょっと女性に優しくしよう、なんて思いながら身を隠す場所を探す。
 人気の無い場所を求めてウロウロ小走りでしばらく彷徨った後、町外れの小さな神社に辿り着いた。
 手入れのされていない木々に囲まれた神社はまだ明るい時間だというのに薄暗く、鳥居にとまった鴉がギャアギャアと喚いている。見るからに出ますよ、といった雰囲気だ。ぎくりと身を強張らせながらも、これ以上の隠れ場所は見つからないだろうと思い直す。普段の俺ならば絶対に近寄らない。ならばアイツも近寄る筈は無いからだ。
 ふう、と今度は安堵の溜息を吐いて、階段に座り込む。

 薬の効果は24時間だ。
 明日の昼までアイツの目から逃れられれば俺の命は助かる。後はあの薬を処分してしまえばいい。
 己の状況を確認しながら大きく深呼吸する。大丈夫だ。

 安心して凭れかかると何だか瞼が重くなってきた。
 そしてこの時、「疲れたし、まあいっか」なんて思ってしまったことが敗因だったのだ。
 次に目を開けた時が、いろんな意味で俺の最期だった。


「…こんなトコにいやがったか、」

 荒い息が聞こえてくる。「何で?」と「しまった」が同時に頭の中で爆発する。
 やばい、と思った時はもう遅かった。目の前には鬼が居る。

(ぎゃあああああ!!何なのコイツ何この執念!!)

 こんな所まで追ってくるとは、女に対しては甘い奴だと思ってたのに計算外だ。
 逃げ場を求めて足を引くと、背中が壁に当たる。しまった。どうにか隙を突いて逃げようとするが、さっきの火事場のクソ力は出そうにない。どうしようと考えながら目を泳がせていると、俺を睨み付けている土方の目がさらに鋭さを増した。
「俺ァ、女にジャーマンスープレックスくらったのは初めてだ…、」
「そ、そーなんですかぁ、じゃ!」

(瞳孔開いてるし、何か血走ってるしィィ!!)

 ヘラヘラ笑いながら土方の脇をすり抜けようとするが、がっしりと腕を掴まれてしまう。

「随分とキレイに決めてくれやがったなァ、テメー何処のモンだ?」
「え、そんな褒められると照れるっつーか、あははは、」
 幸いなことに正体が俺だとは気付いていないようだ。
 まあ、相手が俺だと気付いているなら既に抜刀してるだろうけど。

(あーめんどくせえことになっちまったなァ。つーかオメーがぱふぱふしたせいだっつーの。)

 この時俺はどうやってこの場をかわすかということしか考えていなかった。
 まさか相手が想像の斜め上をいくパターンなんて考えてちゃいなかったのだ。

「……た、」
 うんうん悩んでいるうちに土方がぽつりと零す。
「ん?何だって?」
 そう聞き返したのは最大の間違いだった。もう今日の俺の選択は全部間違ってる。

 土方は俺の両肩をがっしりと掴んで、再びその鋭い眼光を俺へと向ける。
 そして奴は「もうめんどくせえから適当に謝っとこう」という俺の儚い決意を一言で踏み躙った。

「…惚れた、」
「ふーん、そう。」

(何だそんなことかよ。殺されっかと思った。)

 ふと、神楽の言葉が蘇る。

(…って、オイ、)

『頑張ってバカ男ひっかけてくるヨロシ。ウチにはもう味噌しかないアル。』

(…いやいやいやいや今のは俺の聞き間違い、)

 遠くでカラスが鳴いている声がする。アホーアホーと聞こえるのは気のせいだろうか。
 俺の祈りとは裏腹に、土方の言葉はやけにはっきりと響いた。

「テメーに惚れた。俺のモンになってくれ。」

(だからなんでええええええええ!!!)


inserted by FC2 system