Where there’s smoke, there’s fire. 2



 遠くで新八の叫ぶ声が聞こえたような気がしたが、その内容は全く頭に入ってこない。

 気持ちが良かった。まるで鎖で磔にされていた魂が一気に解放されたようだった。
 何でこんなことになっているのかはわからないが、とにかくフワフワと幸福な気分に満ち溢れている。


「…銀時、」
「ん、」
 やっと二人きりになれたと呟いて土方がホッとしたように息を吐く。熱い。耳元に吹きかけられて、また体が震えた。

 どうしてだろうか。
 何故今まであんなに喧嘩ばかりしていたのだろう。今思えばよくわからない焦燥に駆られていた気がする。
 何時ぞやは新八に向かって、この男に負けた気になるのが嫌だという類の言葉を発したような覚えがある。何でそんなことを思っていたのだろう。あれは迫り来る感情からの逃げだったのだろうか。惚れた方が負けだというのなら、勝負はとっくについている。

 肌を摺り寄せ再び深いキスを交わしながら、土方のシャツのボタンを外す。現れた鍛えられた体躯に無意識に喉を鳴らしてしまう。以前にも見たことはある筈なのに、興奮で呼吸が浅くなった。
「すげえ、やらしい顔してんぞ、」
「っう、」
 意地悪く囁かれる声にも反応して、思わず腰を揺らしてしまう。土方の膝がそこに擦れて堪らない気持ちになった。蓄積されるだけで一向に逃げていかない熱を持て余して身を捩る。
「あ…土方、俺、お前のことずっと好きだったみてえ、喧嘩してりゃあ、その間はお前、俺だけ見てくれっから、」
「俺もだ。ああクソ、可愛いな、銀時、我慢できねえ、いいか?」
「ん、俺、も…我慢できねえよ、」
 激しく唇を吸いながら土方が銀時の身体を撫で回す。背中に円を描き、脇腹を立てた指で辿られる。気持ち良さに目を細めていると、指先がそのまま胸を探るように動いた。既に立ち上がってしまっている先端を服の上から捉えられ、戯れるように摘ままれる。
「っあ、あ、」
「ここ、感じるか?」
「はっ…ん、」
 押し潰すような動きと弾くような動きを繰り返されて身体が跳ねる。布越しの感触がもどかしくて、そこを押し付けるように動いてしまう。土方の口角が厭らしく釣り上がった。
 焦らすように緩慢にファスナーを下ろされ、ゆっくりとインナーを剥ぎ取られる。土方はまるで見せつけるように舌を一度出してから、赤く腫れて刺激を待ちわびているそこをベロリと舐めた。
「ん、あ、あ、」
「かわいい、銀時、もっと欲しがれよ、」
「ああ、っ、んぅ、きもち、い、」
 舌で転がされ、もう片方は摘まんで引っ張られ、甘い痛みが痺れとなって身体を奔る。土方の頭を掻き抱きながら、喘ぐ声を抑えることもできなかった。身体の中心に熱が溜まり続けて苦しい。先ほどまで緩く兆しを見せていたそこはもう完全に欲を湛えて立ち上がり、布の中で先走りが零れていることもとうに自分で理解していた。
「ひ、ひじかた、下も、もう、が、我慢できね、っ…」
 頭を振って訴えると、土方が漸くズボンと下着を取り払った。案の定、下着の布地には小さく染みができてしまっている。
 ふうふうと息を荒げながら、土方のベルトを外してガチガチに固くなっている熱を下着の上から撫で回した。ふっと息を漏らす音がして、堪らない気持ちになる。本来なら嫌悪する筈の雄の匂いに誘われるように、涎を垂らしながら舌を這わせた。
「っん、銀時、こっち向けよ、」
 声に促されて顔を上げる。せっかく、まだ咥えたばかりなのに。惚けた頭はそんな馬鹿なことを思ってしまう。はしたない思考を察したのか、土方は銀時の手を引いて仰向けになった。顔を跨げと示されて、またじわりと唾液が込み上げる。
 張り詰めた熱にお互いの舌が這う。それだけで達してしまうのを堪えながら、必死に口内へ向かい入れる。だが、土方は唾液と銀時の先走りを指に絡めて奥まった場所を探り始めた。
「ひっ、あ、」
「すげえな、こっちもヒクヒクしてやがる。欲しいか?」
「ああ、あ、ひじかた、っ、」
 腰をさらに引き寄せられ、抉じ開けるように土方の舌が這う。尖らせた舌が抉るように動き、また唾液を足されて今度は指が縁を引っ掻き始めた。耐え切れず肘を崩すと、咎めるように指を突き入れられて女のような嬌声が漏れる。
「あぅ、ひじ、やああ、」
「ああ、すげえ、銀時、早く入りてえよ、」
「んんぅ、あ、もっと、して、大丈夫だから、」
 熱を孕んだ視線がそこに注がれているんだと思うだけで、土方の指をきゅうきゅうと締め付けてしまう。早く欲しくて、無意識に腰を揺らして快感を得られる場所を探すのを止められない。
「思ったより柔らけェな。てめえ他の奴と使ってんじゃねえだろうな?」
「っん、ちが、昔フーゾク、で、ハマって…指、だけ、自分、で…たまに、」
「本当かよ。乳首も好きで後ろも好きで、こんなんで女抱けんのか?この淫乱。俺だけにしとけよ、」
「ん、ひじかた、ひじかただけ、ああっ、好き、」
 いつの間にか増やされた指に激しく抉られて、チカチカと視界が霞む。早く欲しいと身も世もなく泣き叫べば、土方は可愛い可愛いと繰り返しながら、再び銀時を仰向けにして覆い被さった。上がった呼吸で忙しなく胸を上下させていると、漸く待ち望んだものがじわじわと肉を割り開いて押し入ってくる。滲んだ視界が今度は真っ白になった。
「ひっ、あ、」
「銀時、っ、」
「ああ、すご、すげえ、ひじかた、ぁ、」
「っ、銀時、すげえ、いい、」
「俺も、っ、俺も、ああっ、も、すぐ、イっちまう、」
 胸を嬲られ、暴かれた感じる場所を執拗に責められあっという間に達してしまう。だが、土方は己の熱を銀時の中に納めたまま離しはせず、腰を揺すって再び官能を導き出した。過ぎた快楽に銀時がよがり狂って啜り泣いても聞き入れられる筈もない。
 際限なく昂る熱が狂ったように身体を操る。長く抑え込んできた本能が爆発したようだった。
「ひ、ひじかた、っ、もうやだ、ゆるして、」
「ダメだ、悪ぃ、」
「や、イってる、イってるから、おねが、はなして、ああっ、」
「無理だ、っ、クソ、止まんねぇ、っ、」
 耳を擽る絶望的な言葉に震えながら、壊れたレコードのように意味を成さない声で助けを求める。
 喰らわれている、と心のどこかは悦びに打ち震えていた。


 やっと手に入れた。

 初めて想いを自覚した筈なのに、そう思った。
 やっと、やっとこの男が自分のものになったのだと高らかに叫び出したい気分だった。

 わかっていた。互いに、そう想っていることも。



 白々と東の空が色を変えてくる。爽やかな朝日が障子越しでも眩しい。
 じわじわと酔いが覚めるように頭の中が覚醒していくのを感じていた。視線を落とせば腕の中で眠っていた男が同じように身体を強張らせ始めている。
「…お、お、おはよ、」
「…おう、起きたか、」
 視線を合わせないまま、そっと起き上がる。
 沈黙を埋めるように、土方は上着のポケットに入っていた煙草を手に取り火をつけた。
「……、」
「……、」
 苦い煙で肺を満たしてから、一気に吐き出す。ただの現実逃避だ。
 ちらりと横目で見やると、銀時が同じく深呼吸をするのが視界に入った。

「「…っ、ぬあああああァァァ!!!」」

 眼前の凄惨たる状況に二人同時に頭を抱えて叫び出す。

「ちょ、おま、あああああ!!何してくれてんのォォォ!!」
「うるせー!こっちのセリフだァァァ!!」
 胸倉に手を出そうとしたが、お互い裸なので掴む布が無いことにはたと気付く。そうして向き合って視線を合わせた瞬間、今度は同時にその顔が火を噴いたように真っ赤に染まった。たちまち空気を満たし始める気まずさにそろそろと俯く。
「アレだよ、こういうのって、起きて我に返ったら全部忘れてるってオチじゃねえのか、」
「…お前、全部覚えてんのか、」
「……おう、」
「俺もだ。」
「あああああマジかよ!何だってこんな!だいたい元はと言えばテメーが!」
 声を張り上げてみたが、吐き出した空気はすぐに萎んでしまう。
「…いや、やめとく、」
「おう、言ったら全部自分に返ってくんぞ。」
 煙草を吸い出したら冷静になってきたのか、土方は妙に落ち着いているように見える。顔が熱くて、死ぬんじゃないかと心配になるくらい鼓動が早くて、真っ直ぐその瞳を見つめることはできなかった。

「…銀時、」

 低い囁きにぎくりと体が強張る。

「ちょ、やめて、名前とか、今ちょっとものすごい居たたまれないんだけど、」
「嫌か、」
「だからァ、察しろよテメー!もうなんか嫌だ何でそんな落ち着いてんだよバカヤロー!」
「…お前、ほんと可愛いな。」
「ぎゃあああああ!!!まだトチ狂ったままかテメー!!」

 煙草を灰皿に押し付けて、土方がゆっくりと向き直った。
 向けられる静かな眼差しの奥は、まだ緩やかな熱を孕んでいる。

「…おう。狂ってんぞ、俺は。悪ィが、もう覚めねえ。」

 奥に潜んだ炎がゆらりと燃え上がった。沸き上がる感情に、思わず身を竦めてしまう。

「総悟のせいだとはいえ、あんだけ醜態晒したんだ。テメーも腹括れ、」

 地を這うように、真っ直ぐに発せられた言葉に再び叫び出しそうになりながらも、唇が戦慄くだけで声は出なかった。

「俺はお前を貰うぞ、銀時。」

 あまりの言葉に目を瞠りながら、ただ金魚のようにパクパクと口を動かすことしかできない。
 まるで呪詛のような響きだと思った。雁字搦めに呪われる。

 だが、稲妻に撃たれたように身体を突き抜ける感情は、紛れもない歓喜だった。


「お、お、お、」
「何だ。」
 頭のネジが数本外れてしまった。思考が前に進まない。
「…お米、買って、」
「はあ?」
「あと、神楽が欲しがってるぬいぐるみと、なんか新八が欲しがってるDVD、」
 壊れたゼンマイ仕掛けの玩具と化した姿を、土方は座った目で見つめている。暫くすると、察したように小さく頷いた。
「寺門通のなら一桁の限定シリアルナンバー入りがあんぞ、未開封の、」
「うん、」
「眼鏡に迷惑かけちまったし、アイツらには挨拶しねえとな。」
「…うん、」
 額に口付けられて、柔らかな温度が広がる。心の、どこか芯のような場所が穏やかに温まっていく。奥深くにある水がゆらゆらと揺れて、瞳から零れ出てしまいそうだった。何度も何度も深呼吸をしながら、目の前の体を抱き締め返す。今度は目元にキスを落とされた。
 顎を掬われ、しっかりと視線を合わせてまた唇を啄み合う。触れた場所から溢れた感情が混ざり合って溶けていく。
「…一生チビチビ、」
「あ?何だ?」
 ふいに浮かんだ過去の自分の発言を振り返りながら、沸き上がるむず痒い想いに赤面する。照れ臭さに思わず頬を掻いた。
「…いや、なんか、我ながらすげーこと言っちまってたなと思ってよ。無自覚って怖ェーな、」
「何言ってんだ?」
「…こっちの話。いーの、お前は知らなくて。」
「ああ?」
 気恥ずかしさにそろそろと毛布を被る。煙を嗅いでから一連の感情は鮮明で忘れたくても忘れられないのに、途中でいつ布団を敷いたのかは覚えていなかった。客間の物なのにこんなにぐちゃぐちゃにしていいのだろうかと今更ながらに思う。しかも何だか屯所に自分たち以外の気配が一切しないのだが、そういうことだろうか。
 もぞもぞと動いていると、すぐに腕の中に抱き込まれる。そのまま顔中にキスされて、また口から心臓が飛び出そうになってしまった。
 おかしい。もっとトンでもない事を一晩中どころか昼間からしていたというのに。
 その事実を思い返すよりも、起きてからの方が段違いに恥ずかしいのは何故だ。

「…銀時、」

 甘く、甘く、耳を擽り響く声。

(ああもう、なんかほんと、色んな意味で、)

(…やっちまったなあ、)

 全くもって、火のない所にゃ、なんとやら。



 腰の立たなくなった銀時と米俵を引き摺って、土方が万事屋を訪れるのはそれから三時間後の話。
 仁王立ちした新八が苦々しく吐き捨てるのはさらにその三十秒後の話である。


「そ、その、コイツと…つきあうことになったから、」


「ハイハイそりゃそうでしょうね!!!」



【END】


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