人魚の鱗と消えない火傷 1



 欲しい物。

 空飛ぶ竜が何も答えない俺を見下ろしながら首を傾げる。


「お前の欲しい物は何だ。」

 諭すような声にハッと我に帰る。早くしろと答えをせがまれて、気付くと俺の口は勝手に言葉を発していた。
 後先なんて考えなかった。俺が一番欲しいもの。

 ただ、一人の名前を。





「何してくれてんだテメー!!こんっなズルズルでこれからどーやって生活しろってんだよ!!」
「…ズルズルじゃねえ、ヌメヌメだ。」
「どっちだっていいだろーが!このバカチンが!俺の体を返せ!」
 ぎゃいぎゃいと耳元で騒ぐのも気にならない、むしろ惚けたように見つめてしまう。俺の、ものだ。そう思うと腹の底から煮え滾るような熱がじわじわと湧き上がる。口内に溜まった生唾をごくりと飲み込んだ。
 銀時は全く動じない俺の態度の苛立ったのかますます暴れ出す。そんなに暴れたら危ない、と言いかけたところで足を滑らせて後頭部を強かに打ちつけた。
「ーっ!!」
「んな体で暴れるからだ、バーカ、」
 そんなことも判断できないのかと些か心配になる。もしかして脳もズルズルになっているのではないだろうか。
「テメーのせいだろうが!もう嫌だ。何考えて…、」
 頭を打ったことでようやく落ち着いたのか、それとも自分のこれからを憂いてか、吐き出される声が次第に弱々しく掠れていった。
「…煙草、欲しかったんじゃねえのかよ、」
「ああ、」
 肌を濡らす液体が、銀時の指先から涙のように零れ落ちる。
「何で、こんな…、」
「テメーが協力するなんて言うから。」

 俺を、けしかけたりするから。

「…お、俺はただ、何か力になれんじゃねえかって、」
 ひくり、と喉が鳴った。
「なのに…これじゃ地球にも帰れねえ、」
 吐息は浅く、震えている。
「俺が気に食わねえのは知ってっけどよ……こんな、嫌がらせするくれえなら、最初から連れてこなきゃいいじゃねーか、」
 打ち付けた後頭部が痛むのか、銀時の目尻には薄っすらと涙が浮かんでいた。堪らなくなって、濡れた肌に顔を近付ける。頬を撫で上げ、眦と唇にゆっくりと唇を落とす。甘く感じるのはしばらく煙草を吸っていないからだろうか。
「…嫌がらせじゃねえ。テメーが欲しい。」
 潤んだ赤い瞳が、驚愕に見開かれる。
「テメーのほうこそ何で一緒に来た?同病相憐れむ、か?でも困ってたのは俺だけだろ、」
 試すように言い放った言葉を受けた途端、銀時の頬がカアッと赤く染まった。例えそれが無意識の反応だったとしても、決して自分の一方通行ではないことを確信する。
「ツラつき合わせる度に死ね死ね言ってた奴にかけるおせっかいにしては度が過ぎてんじゃねーのか?」
「…そ、れは、」
 自分でも感情の整理ができていないのか、銀時は瞳を頼り無く彷徨わせて口篭る。けれど、待ってやることはできそうになかった。そのまま覆い被さって、顔中に唇を落とす。頬に沿ってぬるついた肌を辿り、そのまま追うように舌を這わせると、ひくひくと喉元が震え出した。
「…っ、は、何し、」
「言っただろ、テメーが欲しいって俺は願った。もう、俺のもんだ。」
「や、めろ…っ、」
「抵抗しろよ、嫌ならな。」
 耳朶を甘噛みしながら囁く。びくりと大きく目の前の体が跳ねて、伸ばされた手が俺の肩を掴んだ。だが、押し返される感触は無い。服を肌蹴させながら露になった胸元に吸い付くと、まるで子犬がむずがるような声が上がった。
「…ふ、っ…く、」
「嫌じゃねえのか?」
「っ、ひ、」
 赤く色付いた突起を口に含んでぐにぐにと押し潰す。次第に芯を持ち始めたそれを摘もうと指を這わすが、ぬるついた肌は滑るだけで僅かに引っ掻くような刺激しか与えられない。行為を止めたいのか、それとも曖昧な快感がもどかしいのか、銀時はゆるゆると頭を振った。
「…や、」
「だったら抵抗しろ、」
「……で、きね、ぇ、」
「何で、」
 片方に爪を立て、もう片方に歯を立てながら意地悪く言葉を返す。濡れた瞳は戸惑っているようにも見えた。
「…ちから、入んね、おかし、っ、」
 見れば俺の肩を掴んだ指先がガタガタと震えている。
「っあ、なん、で、」


『これでお前の物だ。』

 地を這うような低い声が頭の中に蘇る。

 銀時は自分の身に起こっていることが理解できないと言わんばかりに混乱した視線を泳がせ、俺が少し動いただけで敏感に身体を跳ねさせている。
 もしかして、あの願いのせいなのだろうか。俺の物、とはそういう意味なのだろうか。
 俺がコイツの運命を握っている。その事実に嗜虐心を煽られて、知らずに口元が吊り上がっていった。

「…ひっ、」
 口に含んでいる胸の突起を転がすように弄り、下着の中に手を差し入れる。
「嫌だ、ひじかた、っ、やめ、」
「…嫌か?気持ち良くねえか?」
「…い、」
 頬を舐め上げながら問うと、銀時はビクリと跳ねて固まった。嫌だと言おうとしたのだろう。口はその形のまま半開きで動きを止めている。指を這わせた下半身は確かな熱を帯びていた。
「…気持ち良くねえか?」
「あ、あ、ぁ、」
 濡れそぼった先端を擦りながら瞳を覗き込む。瞳孔の開いた目から一筋涙が零れていく。同じ質問を耳元に吹き込むように囁けば、その瞳から戸惑うような光が消えていき、同時に陶然とした色が滲み始める。ごくりと喉が鳴った。
「……ち、いい、気持ちいい、ひじ、かた、」
「何でだ?」
 俺の肩を掴んでいた手がゆっくりと外され、上へと移動する。今度は伸ばされた手が縋るように俺の首へと回された。ぐちゃりと音を立てながら、脱がせた服を放り投げる。胸への愛撫は止めぬまま、弄っていた下半身から手を離すと、銀時は刺激を追うように身体を押し付けてきた。
「っ、ぁ……ん、なん、で、」
「銀時、」
「…ぁ、もっと、」
 快感を求める、恨みがましい視線が向けられる。背筋にぞくりと痺れが走る。
「…何で気持ち良いか、ちゃんと答えたら、な、」
「んんっ……、や、」
 触れるか触れないかの角度で舌を這わせながら、焦らす。
 銀時は濡れた身体から熱を溢れさせて、水音を立てながら身を捩る。
「銀時、」
「……ぁ、俺、が、」
「お前が?」
 顎を取って、意地悪く言葉の先を促した。助け舟は出してやらない。自分で言わなきゃ意味がないだろう?
 惚けた瞳が欲を湛えて俺を見る。濡れた唇が開こうとする瞬間に戦慄いたのは、羞恥心からだったのだろうか。それともこれからの行為に対する期待だったのだろうか。

「…お、俺、が……お前、の…だから、」

 瞳の中を犯されてビクビクと身体を震わせる。
 その言葉を吐いただけで、銀時は甲高い声を上げて達していた。

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