本日は晴天なり


 はらはら、はらはら、と。

 男の瞳から涙が途切れることは無かった。
 止め処無く零れ落ちる光は、女性なら花弁を思わせるとか光の玉を思わせるとか、美しい光景を思い浮かべるだろう。だが当然目の前の男からそんな麗しい想像に結びつく筈は無く、俺はくたびれた雨樋から零れ落ちる雨粒を思い出していた。
「つーか、何でテメーがいんの。」
 万事屋の日常を静かに破壊している男を睨んで眉間に皺を寄せる。
 本当に何でコイツと面つき合せていなくてはならないのか。せっかく買ってきたプリンもこんな胸糞悪い男の前で食べたら台無しだ。
 がさがさとビニールの袋を漁りながら、不機嫌そうに舌打ちする。
 突っかかって来ない相手に喧嘩を吹っかけても仕方ない。ふう、と溜息を吐き、同時に俺はある違和感に気が付いた。そうだ。玄関のドアを開けた時も、人の気配がいるのはわかったがコイツだとはわからなかった。まじまじと違和感を探りながら男を見つめ、ようやくその正体を理解する。
 無いのだ。
 腰に差した刀と同じくらいコイツに馴染んでいる筈のものが。
「吸ってねえの?珍しいな。」
 プリンの蓋を開けながら口元を指差すと、土方はびくりと肩を震わせた。次の瞬間、危うく俺はプリンを床に叩きつけそうになった。
 ぽろぽろぽろぽろと、雨が降ってもいないのに男の頬が瞬く間に濡れていった。
「え、ええ、つか誰?」
 あまりの出来事に引き攣った頬も元に戻せない。
「……食えよ、プリン、」
「ええ?」
 やっと言葉を発したと思ったら、それも涙の理由とは繋がらない。パニックに陥った俺は慌ててスプーンを取り出し、掬ったプリンを土方の口へと押し込んでしまった。
「……甘ェ、」
 口に合わなかったのか(そりゃそうだ)、その行為は男の涙に拍車をかける。あたふたと視線をあちこちに泳がせてみるものの、どうしたらいいのか一向にわからない。すると土方は俯いて再び肩を弱々しく震わせた。
「…テメーは、いいよな。」
「な、何が!」
「そいつが無くなるなんてことはねえもんな、」
 頼り無くプリンを指差す姿に俺はようやく事態を理解する。
 そういえばニュースで禁煙令がどうとか言っていた。自分には関係ないからと全く気にも留めなかったが、なるほどコイツにとっては死活問題だろう。
 指差されたプリンをしみじみと見つめる。考えたことなんて無かった。もし、コレがなかったら。
 もし、一切の糖分が俺の目の前から奪われてしまったら―。

「土方くん!」

 脳裏を過ぎった最悪の想像に思わず目の前の気の毒な男を抱き締めていた。

「こんなのは理不尽以外の何モンでもねえよ!」
「……万事屋、」
「協力してやる!俺が奪わせやしねえ!!」

 窓から差し込んだ光が空間を照らす。

「本当か、」

 驚きに見開いた男の瞳の奥に、僅かに希望が点る。
 食べかけのプリンが光って、この上無く神々しく見えた。
 この糖分に誓おう。俺が必ず全てを取り戻してやると。

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