Heavens! Sally out!!



 気持ちは通じ合ってる、と思う。

 一緒にいる時の何気ない仕草、例えば手を繋ごうとするタイミングが合わないと裾をぎゅっと握って俺の注意を引いたり、寝言で俺の名前をもごもご呼んでいたり、そういうことがある度に俺は胸の奥がきゅっと縮んで、顔が熱くなって堪らなくなる。本当に俺のことが必要なんだって、夢じゃねえって言われているように感じて、下手すりゃうっかり泣いてしまいそうだ。

 けど、それだけじゃ足りない。
 温かい気持ちと同時にドロドロに渦巻いた欲望が生まれてくるのも事実だ。
 傷つけたくないと普段はそっちの感情に蓋をしてひたすら目を背け続けていたのに、一旦あんな夢を見てしまってからは止まらなかった。堰を切ったようにどす黒い想いに取り憑かれて、白昼夢にも似た妄想を何度もした。
 夢の中のアイツは形振り構わずに縋り付いてきて、限界まで足を開いて俺を誘う。
 触れる度に腰をビクビクと跳ねさせて、熱っぽい瞳からボロボロ涙を零して、突き上げる度にだらしなく開かれた唇から涎を垂らして嬌声を上げる。

 そうやって脳内で汚した後に残るものは吐気を覚えるほどの後ろめたさしか無い。
 わかっているのに止まらない。欲しいんだ、お前が。欲しくて堪んねえ。



- 2nd turn -





「…はあ、」

 自己嫌悪に陥って抜け出せない。どうしてこうなんだろう。俺がおかしいのだろうか。
 自分だけが浅ましく求めているのだろうか。アイツは俺とそういうこと、を考えたりしないのだろうか。

 銀時はキスしたり、抱き締め合ったりすることはたぶん好きなんだろう。隙を見つけては悪戯のように仕掛けてくることが多々ある。
 特にアイツのアパートで一緒に眠る時は、まるでどこか触れ合っていないと落ち着かないとでもいうようにピッタリと肌を摺り寄せてくる。だが、俺が一人ドギマギしながら意を決して、そういう行為を仕掛けようとするとアイツは大概くうくうと気持ち良さそうに寝息を立てているのだ。
 向けられる幸せそうな寝顔を起こすのも忍びなくて、俺は宙に浮いた手をしぶしぶと引っ込める。
 当然眠れる訳が無い。翌朝隈を作っている俺を見て、いつも銀時は眉を下げる。

『…悪ィ、俺寝相悪いから眠れなかったんだろ?』
『違えよ。俺が、』

 俺が勝手に欲情してただけです、等とは言える筈も無く口篭ると、銀時はやはり自分のせいだと思ったのか(まあ間接的にはそうなんだが)、もう一度謝罪の言葉を口にした。

『…お前用の布団、買うから、』

 ぽつりとそう続ける姿はどこか寂しげだ。ぐさりと心臓に矢を射抜かれたようだった。

『いらねーよ!何で一緒にいんのに別々に寝なきゃなんねーんだ!』

 思わず声を荒げると、銀時が驚いたように目を見開く。堪らずにその身体を抱き込んで髪を撫でた。

 ずっと、ぬくもりを求めてたんだろ?
 あの台風の日に、お前は俺を抱き締めながら何度も何度も「温かい」と呟いていた。
 ぎゅっと閉じられた眦が滲むのを、俺は気付かないフリをしながら見つめていた。

 あの時俺はこれからずっと傍に居ようと誓った。何の根拠も持たないガキの誓いにすぎないとわかっている。これから起こる出来事なんて誰にも予想できない。それでも俺はコイツが好きだ。それだけだ。

 俺への気遣いから出た銀時の言葉は銀時自身を少なからず傷つけるもので、自分の欲望のせいでそんな言葉を吐かせてしまったことを心から恥じた。

『…いらねえよ、お前がいい。』

 穏やかに言い直して、そっと頬に口付ける。銀時がへらりと笑って嬉しそうに俺に口付けを返す。

 しかし、良心が痛んだ。

 そんな仕草にも俺はうっかり下半身が反応してしまいそうになっていたからだ。
 ああもう畜生。何だってこう言うこと聞かねえんだ。暴れん坊将軍かこの野郎。


「……はあ、」

 止まらない思考から逃げるように再び溜息を吐きながら下駄箱を閉める。
 気持ちを切り替えようと、俺はもう一つの問題へと頭を巡らせた。

 青い空は日に日に高くなっているように感じられる。もう秋だ。
 それはすなわち衣替えが近付いているということだった。その前に、俺は一つやらなければならないことがある。だが、それにはまだ何か決定的なものが足りない。何かいい方法は無いだろうかと考えているうちに時間は過ぎ去ってしまう。

 唸りながら上履きを床に落として足を差し入れていると、後ろから珍しい声がかかった。

「随分辛気臭ェツラしてんじゃねーか。溜まってんのかァ?」

 からかうような口調に青筋を浮かべながら振り返ると、案の定そこには顔を合わせたくないベスト3に入るだろう男が口元を吊り上げていた。
「…何の用だ、声かけてくんな。」
「そう言うなよ。今日はテメーに手土産だ、」
「はあ?」
 人を食ったような笑みを浮かべて、高杉が得意げに囁く。
 何のことだと首を傾げる俺に向かって懐から封筒を取り出し、手の中へと押し付ける。
「何だ?」
「まあ開けてみろよ、」
 さらに怪訝な表情を浮かべて封を破ると中から数枚写真が出てきた。
 瞬間カッと頭に血が上る。
「なっ、」
 一番上に、今よりも少し幼い銀時の寝顔のアップ。
 俺の動揺が可笑しいのか高杉はくつくつと声を漏らしていた。
「良く撮れてんだろ?」
「なななな、」
「くれぐれもオカズにして汚すんじゃねえよ。」
 手で卑猥なジェスチャーをしながら俺を小突いて楽しげに立ち去ろうとする。
 慌てて後を追おうとすると、手の中から封筒が滑っていく。叫び出しそうになる衝動を抑えながら辺りに散らばる写真を拾い集めていると、その中の一枚に目が留まった。
「オイ!高杉!」
「ああ?」
「お前コレ!」
 写真を仕舞いながら問題の一枚を手に持って後を追う。
 すると高杉は振り返って目を細めた。

「何か混じってたかァ?ま、テメーで処分しとけよ。」

 手の中に残された一枚の写真。

「…アイツ人の頭ん中読めるんじゃねえだろーな、」

 ぞわりと寒気にも似た感謝を覚えながら、一人愚痴る。
 そのまま教室とは反対方向へと走り出した。予鈴まではまだ時間がある。慌しい朝の方が人に見られる確率は少ないだろう。目当ての研究室へ辿りつき、中を窺うと都合のいいことに目当ての人物は一人だった。深呼吸を一つしてから眦に力を入れる。舐められてはいけない。絶対に。
「失礼します。」
「何だ、」
 男は俺のほうを見ようともせずに素っ気無く言葉を紡ぐ。
「…お話があるんですが、」
「私は忙しいんだ。早くしろ。」
 神経質な性格を表すように男の手は小刻みに机の上を叩いていた。
 煽られる苛立ちを抑え込むようにして、俺はもう一度息を吐いてから一気に口を開いた。
「先生、これって何て言うんでしたっけ?」
 塵一つ無い、不気味なほどに磨かれた机の上に一枚の紙切れを叩きつける。
 ピタリと、男の動きが止まった。
「パワハラ?それともアカハラって言うんじゃないですか?」
 紙切れの中には墨汁を頭にかけられる銀時の姿。先ほど高杉が押し付けてきた写真だった。
 偶然なのか、それともタイミングを計っていたのか陀落の姿ははっきり、甚振るのを楽しんでいるような表情まで写っていて、逆に銀時の顔は上手く隠れていた。第三者が見ればそれが誰だかはわからないだろう。
「最近、学校で何かあるとすぐマスコミが飛びついてきますよねえ。やれ体罰だ、暴言吐いた、って、」
「…これは指導だ。」
 歪んだ口元はそれでもまだ冷静さを残しているのか、言い訳めいた言葉が返される。怒りに頭に血が上りそうになるのを必死に抑えて、拳を握り締めた。ここで俺が感情に任せて掴み掛かっては逆効果だ。コイツは校内暴力だとでも言って、逆に俺を陥れるだろう。
「指導?アイツのは地毛だってこの学校の奴なら誰でも知ってんだろーが。髪染めろって強要すんのが教育かよ。」
「地毛だとは知らなかった。」
「ふん、じゃあ何で何回もやってんだ?もし俺がこの写真バラ撒いたらアンタの言い分信じる奴いんのか?」
 次第に、奴の表情が歪んでいく。
 ガタンと激しい音が鳴り響き、同時に胸倉を掴まれ壁に押し付けられる。背中に鈍い痛みを感じたが、恐怖は無かった。ただ、純粋な怒りとアイツへの想いがあるだけだ。
「ふざけるなよクソガキ!何も出来ない半人前が!!教師を脅す気か?何が目的だ、金か?」
「んなもん興味ねえよ。」
 襟元を締め上げている腕を振り払って睨み上げる。
 自分がどんな目つきをしていたのか自覚はなかったが、俺の顔を見るなり男は息を呑んで一歩下がった。
「これ以上アイツになんかしたら容赦しねえ。…ガキだと思って舐めてんじゃねーぞ、」
「貴様…」
「テメーだってガキに構ったぐらいで社会的地位失いたくねえだろーが、」
「クソッ、」
 男が力を失ってへなへなと床に膝を突く。
 それを一瞥してから俺は部屋を出た。


 後5分で予鈴が鳴る。

 教室へ戻って日の当たる窓際から下を覗いていると、丁度銀時が昇降口へ向かって走ってくるのが見えた。最近は、遅刻も減った。相変わらず寝ているが、授業もサボらなくなってきた。
 眼下で銀色の髪が揺れているのに笑みを漏らすと、視線に気付いたのか銀時が弾かれたように顔を上げる。俺の存在を確認すると、いつものようにへらりと笑って右手を振り出す。
 いいから早く教室に来い、とジェスチャーを送れば再び慌てて走り出した。

 あんなのは脅しにも何にもならないことはわかっている。いざとなれば子供である今の自分には何の力もない。
 それでも、守ると、決めた。どんなことがあっても。

けれど、やっぱり胸の奥にはもやもやとした感情が渦巻いていて、声を上げて掻き毟ってしまいたくなる。
このままではいつ暴走するかわからない。ぐるぐると行き場を失った熱がガソリンにでも引火しそうな勢いだ。もっと、俺の知らない顔を見たい。もっと笑って、もっと泣いて、全てを曝け出した姿を知りたい。

まだ早い?
考えすぎて、もう訳が分からない。

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