Heavens! Sally out!!



 決してやましいことがあるわけじゃないが、見つめられると目が泳ぐ。
 自分ばかりがこんな想いを抱いている筈ではないと信じてはいるが、どうしてこう悶々と空ばかり見上げてしまうのだろう。

 渾身の力を込めて睨み付けているのが馬鹿らしくなってしまうほど、空は青い。

 畜生、何であんなに青いんだ。
 畜生、秋だからか。間違いねえ。



- 1st round -



 衣擦れの音だけがやけにはっきりと頭の中に響いた。
 辺りは静まり返っていて、月までもが眠ってしまったかのように闇に包まれている。目を開こうとしても霞む意識に引かれて上手く眠りから覚めることができない。次第に抗うのが面倒になってきて、導かれるままに眠りの淵へと意識を漂わせた。今は何時だろう。

「…た、」

「……なあ、ひじかた、」

 音を吹き込むような囁きが耳元を擽る。そういえばコイツのアパートに泊まったんだっけ、と今更ながらに思い出した。
 ふわふわと頬に当たる感触はきっとあの綿菓子みたいな髪だろう。
 くすぐったさに身を捩りながら、そっと髪に手を差し入れる。
 甘いような気がするから不思議だ。

「あ、起きた?」

 ゆるゆると瞳を開けると、予想通りの光景が広がる。
 銀時は悪戯を仕掛けた子供のように笑っていた。俺が目を覚ましたのを確認するのと同時に、その表情は少し困ったような、僅かに期待が入り混じったような、複雑なものへと変化する。

「どうした?」

 柔らかい髪をそのまま撫で続ける。
 一切光の無い新月の中でも、その姿は闇の中で浮かび上がるように鮮明に見えた。

「あ、あのよ、」

 狭い部屋と深夜という要素も手伝ってか、小さく発した筈の声はやけに響く。声を出してその事実に驚いたのか、銀時はあからさまに目を泳がせた。俯いたと思ったら唇を噛み締めて、何度も深く息を吐いている。
「何だ、具合でも悪いのか?」
「…そーじゃなくて、」
「じゃあトイレか?一人で行けねえって、」
「ちげーっつーの!バカ!もうほんとバカ!ニブチンコ!」
「はあ?」
 訳も分からず怒鳴りつけられて首を傾げる。さらに不可解なことに銀時はそっぽを向いてもそもそと右手で左腕を掻き始めた。俺はますます混乱した。何故ならその仕草はコイツが照れている時によくやる癖だったからだ。
「悪ィ…どうした?」
 後ろから抱き締めて機嫌を取ろうと旋毛に口付けながら囁く。
 そうして俺はいつの間にか簡単に謝罪の言葉を口にできるようになったことに気付いた。今までは絶対に自分の非を認めようとなんてしなかった。けれど、今は何の抵抗も無い。コイツがあの時、俺の為にプライドを捨ててくれた時から、そんなものはどうでもよくなった。コイツの為なら何だってしてやれる。
「銀時、」
 言葉の先を促すように髪を撫で続けていると、銀時はゆっくりと起き上がった。俺の顔をもう一度見つめてから引き結んでいた唇を静かに開いて息を吐く。そして、何かの覚悟を決めたように再び唇を噛んで俺の上に乗り上がった。

(えええ?)

 馬乗りのような体勢に心臓が大きく跳ね上がる。

「……なあ、」

 吐息と間違えてしまいそうなくらい小さな声が響く。

「…何で、……しねえの?」

 僅かに赤く染まった目元とそれを縁取る睫毛は羞恥で震えているように見えた。
 突然の言葉に俺の頭は真っ白になる。コイツ今何て言った?
 銀時が腰を下ろしている場所が擦れてうっかり反応してしまいそうになり、慌てて眉間に皺を寄せる。すると俺の反応が気に食わなかったのか、銀時はぐっと息を呑んでから俺の腕を辿り始めた。

「土方、」

 指を絡めてもう一度同じ言葉を繰り返す。

「な、ななな何言ってんだテメー、」

 声が吃りがちになってしまうのは仕方ないことだと思う。
 つーかその体勢で腰動かすんじゃねえ。
 俺の動揺を知ってか知らずか(知っているとしたらかなり悪質だ)、銀時は俺の両腕をがっしり掴むとそのまま伸び上がって俺の耳元に唇を寄せた。

「…わかってねえワケ、ないよな、」

 掠れた甘い囁きにズクリと体の中心が反応する。
 頭に血が上っていくのがやけにリアルに感じられる。きっと今俺の顔は暗闇でもわかるくらい赤く染まっているに違いない。
 どうにかして冷静になろうと頭を巡らせてみるが、瞳が無様に泳ぐだけで余計に焦るだけだった。
 情けない反応に確信を持ったのか、銀時が俺の耳朶をぺろりと舐め上げる。俺はひっ、と声を上げてしまいそうになるのをどうにかして堪えた。

「なあ、」

 しかし次の瞬間に、銀時の手は俺の熱くなってしまった部分を撫で上げる。
 白い指がそこを意地悪く辿っていく。カアッと火をつけられたように全身が燃え上がる。

(…なななな何してやがんだこの野郎、犯されてーか!)

 途端に生まれた自分の中の凶暴な感情と必死に戦う。もしこの戦いに敗れてしまったら俺はどうなるかわからない。乱暴になんて絶対にしないと誓ったのに、そんな些細な信念さえ儚くも打ち砕いてしまいそうだ。

「ぎ、銀時、やめ、」
 弱々しく発した声は、濡れた吐息にあっさりと掻き消される。
「何で…?俺に乗っかられてるだけでこんなになってんのに、」
 潤んだ瞳から熱の篭った視線を発せられる。
 そして銀時はゆっくりと俺の手を引き寄せて、自分のTシャツの中へと導いた。
 直接触れた肌の温度と艶やかな仕草。無意識の内に、俺は生唾をごくりと飲み込んでいた。
「…俺も、こんな、」
 俺の指が冷たいのか(自慢じゃないが今は冷や汗で冷え切っている)、銀時はぶるりと肩を震わせる。
 銀時が動く度に、また腰が擦れ合う。コイツのもガチガチになっていて、張り詰めた箇所が苦しそうに布を押し上げていた。
 いつの間にか俺の手は自分の意思とは裏腹に銀時の素肌を這い回っている。脇腹を撫で上げ、背中は文字を書く様に指を立ててなぞり、時折骨が当たるとそこを緩く引っ掻く。触れ方を変える度に、銀時はビクビクと敏感に身体を跳ねさせていた。
「っん、ひじかたぁ、」
 舌足らずな声が誘う。
「…ひっ、ん……あ、やぁ、」
 胸の突起を引っ掻くように刺激すると、髪を振り乱して身を捩る。
「嫌なんだろ?」
「…あっ、ちが……、っと、もっとさわって、」
 指を離すと恨めしそうに俺を見つめ返し、刺激を求めて身体を押し付けてきた。熱くなった場所がまた激しく擦れ合う。銀時は感じ入ったように掠れた声を上げている。脳が沸騰したような熱に我慢できずに、両腕を掴み返して逆に銀時をベッドへ押し倒した。
「あ、あ……ひじ、かた、」
「…せっかく人が我慢してやってたのによ。覚悟できてんだろうな、」
「は、っん、」
 引き裂かんばかりの勢いでTシャツを脱がせ、浮かび上がった白い肌に貪りつく。現れた肌を全て舐め上げようと夢中で舌を這わせる。
柔らかい部分は舐めて吸って、噛んで、しつこいくらいに弄っていく。
 銀時は、ひ、と短い叫び声を何度も上げながら、身体に溢れんばかりの熱を湛えていた。
「っん、ひじ、」
「気持ちいいかよ、」
「あっ、ンン、」
「…銀時、」
 勃ち上がった部分にぐりぐりと意地悪く膝を押し付ける。
 さっきのお返しのつもりで耳を弄りながら囁くと、銀時の瞳はとろりと溶けそうな、陶然とした色を滲ませた。
「…は、ぁ、おち、る、」
「何だ、」
「ベッド、落ち、る、」
 言葉の意味がわからずに辺りを見回すと、銀時は狭いベッドが気になるのか床に向かってだらりと落ちた腕をフラフラと彷徨わせていた。すぐにその手を掬い上げて自分の肩へと導いてやる。
「大丈夫だ、つかまってろよ、」
「っあ、ん、ちが、」
 ふるふると首を振るだけの仕草さえ、劣情を煽られて堪らない。
 胸元に一つまた紅い所有の印をつける。肌の感触を確かめるように二の腕に噛み付くと、銀時がまた声を上げた。
「あっ、っ、ちがう、て、」
「何だよ、」
 気にするなと銀時の下着に手をかけたところで、いきなり頬を両手で包まれた。
 今更止めるつもりかと抗議をしようと顔を上げる。

 すると、銀時が俺に向かって口を開いた。
 今まで愛撫に惚けていた筈の表情とは打って変わって真面目、というよりむしろ冷静な表情で。


「ちげーよ。落ちるのお前。」


 ごいん、と鈍い、しかし激しい衝撃が頭部を襲う。
 何が起こったのかわからず痛みに身悶えていると、奥から耳に馴染んだ声が響いた。

「土方〜?大丈夫かよ、何か今すげー音したけど、」


(…え?、ええ?、え?)

 後頭部を抑えながらグルグルと辺りを見回す。
 今はもう見慣れた天上の染みと脇に積まれたジャンプの山、どう見ても銀時のアパートだ。

(…まさか、)

 しかし、カーテンの隙間から零れる光はどう見たって爽やかな朝の訪れを告げている。

「ひじかた〜?大丈夫?」

 銀時が卵を片手にキッチンからひょいと顔を出す。
 嫌でも自分の置かれた状況を理解せざるを得ない。
「な、何でもねえよ!ちょ、トイレ!」
 ぶつけた頭はまだジンジンと痛んでいたが、そんなことを気にしてはいられない。飛び込むようにトイレに篭って、最終にして最大の状況確認をする。息を乱しながら下着を下ろし、へなへなとその場に座り込んだ。

(…セーフ!!!よかった!よくやった俺!よく耐えた!)

 こんなに自分を褒めてやりたいと思ったのはもしかしたら生まれて初めてかもしれない。事態の情けなさも手伝って、涙まで出てきそうだ。

「おーい、大丈夫?腹痛ぇの?」

 コンコン、と軽いノックと共に心配そうな声がかけられる。

「…大丈夫だ、何でもねえ、」

 ドアを開けて出れば、出汁の効いた味噌汁の香りが鼻を擽った。
 時間のある日に銀時のアパートに泊まるようになってから、コイツはいつも欠かさない。いつも俺が目を覚ます前にこうして食事の用意をする。
 どんな風に作っているのだろうかと寝たフリをしながら様子を窺う時はいつも、キッチンにリズムの良い包丁の音と楽しげな鼻歌が響いていた。俺はそれを聴きながらこっそり泣いた。何故か、止まらなかった。

「朝メシ食えるか?」
「おう、」
 祈るように手を合わせて、いただきます、と口にする。
 それを見て銀時が大袈裟だと嬉しそうに笑う。それだけで俺は幸せ、

(…だった筈なのによォォォ!)

 痛む後頭部を掻き毟りたい衝動に駆られながら、自分の痴態を振り返る。
 だが視線は無意識に、ちらりと覗く鎖骨や物を咀嚼する口元へ向かってしまっていた。

「寝惚けてベッドから落ちたんだろ、バーカ、」

 動く唇が、その奥に潜む赤い舌が誘っているようにしか思えなくなる。

 間違いなく、願望だ。あの夢は欲望の表れだ。
 夢の中とはいえ、汚してしまった。
 衝動のままに貪りたい、と。ぐちゃぐちゃにして俺の名を呼ばせながら泣かせたい、と。

「土方?どうした?」

 答えない俺の意識を戻そうとしてか、銀時がへらりと笑ってからかうように軽口を叩いた。

「もしかして俺の夢でも見たんじゃねえの?パンツ大丈夫?」

 パンツは大丈夫だったが、笑える筈は無い。


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