Dear Rosy Glow


【十五】


「銀子さん? さっき物音がしたけど大丈夫?」
 抱き合ったまま微睡んでいると、不意に心配そうな女性の声と共に部屋のドアが勢い良く開かれた。
「あっ、やべ、」
 慌てて土方を隠そうとしたが一足遅かった。
 彼女──お房は土方に抱き締められている俺を見て固まり、次の瞬間、弾かれたように声を上げた。
「へっ、変態〜! 誰か警察呼んで! 銀子さんの部屋に不審者が!」
 土方を指差し、わなわなと震えながらキッチンのフライパンを手ににじり寄る。
「どうやって入ったんですか? あなた男ですよね! そんな格好して何のつもり? 銀子さん、大丈夫だからね、すぐ助けるから!」
 どうやら不審者に俺が襲われていると思ったらしい。そりゃそうだ。せめてカツラと化粧をとらなければまだ助手の看護師で押し通せたかもしれないのに、今の土方はどう見ても女装した男そのものだ。
「あ、いや、違、」
「何が違うんですか! 銀子さんを放して!」
「すまねェ、こんな格好じゃ誤解するだろうが、少なくとも部外者じゃねェよ。俺はコイツの腹の子の父親で警察だ」
 野郎には容赦ない癖に、土方は女に対しては同じようにいかないらしい。苦し紛れの言い訳で事を治めようとするが、その言葉は地雷だった。
「父親ァァァ? ってことは銀子さんのDV夫ね? よくまあそんな口がきけるものだわ! よりによって警察だなんて!」
 クリリンの仇を討とうとする悟空さながらに、彼女を取り巻く空気が益々燃え上がる。
「オイ、DV夫ってどういうことだ」
「い、いや〜 それはその、藪からスティックというかなんというか」
「テメー一体何言いやがった!」
「ギャー! やっぱりDV男だわ! 銀子さん逃げて〜!」
 火に油を注ぎまくって騒ぎを聞きつけた他のスタッフも集まり出す。これ以上大ごとになるのは拙いと声を上げようとした瞬間、遠くから目にもとまらぬスピードで近付いてくる影があった。
「銀ちゃんんんん!! 無事アルか〜!」
「あっやっぱり土方さん! 何で此処に! つーか何ですかその格好は!」
 何故か定春ごと突入してきた二人が次々と人を轢いていく。最後に土方を吹き飛ばして、茶番劇は幕を下ろしたのだった。



「じゃあ全部、お登勢さんが土方さんに協力したってことだったんですね」
 スナックのテーブルで夕飯を囲みながら、カウンターで作業をしているお登勢さんに問い掛けると、彼女はあっさりと首を振った。
「別に協力した訳じゃないよ、夕べいきなり訪ねてきてね。けじめつけに来たっていうから行かせただけさ」
「昨夜のお登勢様はまるで花嫁の父親のようだったんですよ。以前観たドラマと同じでした」
「コラ、たま、余計な事言うんじゃないよ」
「ふふ、申し訳ありません」
「何だ、そういうことなら言ってくれればよかったのに」
 ばつが悪そうに口籠る姿に自然と笑みが零れてしまう。できることならその場に居合わせていたかった。事情を知っていたらあんなに慌てることもなかっただろう。
「銀時だけの話じゃないからね。二人の事だからさ」
「それはまあ……そっか、そうですね」
「まあ納まる所に納まったんならいいアル」
 大人びた物言いをしながらも、神楽ちゃんも嬉しそうだ。
 銀さんの意志ならと相手のことはできるだけ聞かないように意識してきた。事情はどうあれ、心配の種が一つ減ったのは単純に嬉しい。
(……それにしてもまさか本当に土方さんだとはなぁ、いつの間にそんなことになってたんだろ、)
 会えば喧嘩ばかりを繰り返していた間柄で、惹かれるものがあったのだろうか。それとも惹かれ合っていたからこそ、喧嘩になっていたのだろうか。鶏が先か卵が先か、そんな話みたいだなと気付いて思考を止める。
「……後は、無事に生まれてくれるのを祈るしかないですね、」
 心配の種が一つ減っても、不安が減ることはない。
 結局、あの後二人の事情は『警察である土方は銀子をDV夫から救い出し、離婚後二人は恋に落ちた。だがDV夫が逆恨みし、土方が重傷を負ってしまう。銀子は土方の子を妊娠していたがこれ以上迷惑をかけまいと施設を頼り、土方はどうにか居場所を探し当て、やむを得ず女装して会いに来た』という設定を加えて土方さんの名誉もどうにか護れた。
 従ってこれ以上シングルマザーの施設にいる訳にはいかない、と退所することになったが、体の事を考えてそのまま橋田屋グループが経営する病院に入院することになった。
 苦し紛れのシナリオを皆で作っていた間も、考えまいとしても悪い予感が思考を遮っていた。銀さんの命に係わるとあっては考えずにはいられなかった。
 鉛を呑み込んだように胸が痞えて息が苦しい。普通の妊婦ではないことに変わりはないのだ。偶然にできた仮の子宮はいつ壊れるかもわからない繊細なものだという。毎日が奇跡でしかなかった。
 黙り込んだ僕と神楽ちゃんを見て、お登勢さんが静かに煙管を燻らせた。視線を向けると、そこには穏やかな笑みが浮かんでいる。
「心配いらないよ、殺したって死なない奴なんだからさ」
「わかってます、けど、」
 すると、俯く僕にお登勢さんは抽斗から取り出した一枚の紙を差し出した。
「これは……?」
「夕べ副長さんが調べたって持ってきたんだけどさ、こんな偶然あるのかねェ……私は全然知らなかったよ。ったく、あの馬鹿、つくづく悪運の強い奴だね」
 記されている内容に目を通し、危うく呼吸を忘れそうになる。そこにあったのは異なる患者三人の症例の記録。

 一筋の希望が光となって未来を照らしているようだった。


「必死に調べた挙句の結果がこれだ。ったく、無駄だったな」
「そんなことねェよ。知ってると知らねえとでは大違いだ。ありがとな」
 少しでも可能性を探して辿り着いた答えがすぐ傍にあった。喜ぶ気持ちは勿論あるが、寝ずに調べたあの苦労は何だったのかと愚痴も吐きたくなる。
 銀時が妊娠している可能性に気付いたあの日から、とにかく過去の症例を調べた。今まで男性が無事に出産できた例は無いとされていたが、調べる内にあの茸の生産地である星で数年前に発表されたある論文に辿り着いた。
 そこにあったのは、茸が人体に及ぼす作用と男性の妊娠の可能性。実例までは記されていなかったが、何故かそこで共同研究者に名を連ねていたのは銀時の主治医であるあの老医師の名前だった。
「地球にあの茸が出回る遥か前だ。まさかと思ってあの爺さんの過去の患者で亡くなった奴を調べた。そしたらその中に三人、不自然な戸籍があってよ。子の出生届は提出されてるが、出産時に亡くなったとされる妻は存在しない上に夫はその後すぐに男と養子縁組してる」
「つまり、あの爺さんはあの茸で妊娠した男の出産を裏で三度も成功させた経験がある訳か。ったく言えよなァ、無駄にビビらせやがって」
 そう呟いて銀時がごろりとベッドに横になった。冷えないように毛布を掛けると気恥ずかしいのか視線を逸らす。そんな姿までいじらしく見えるのは末期だ。
「無力なもんだな、父親って奴は。ガキが生まれてくるまでは何の役にも立たねえ」
 銀時の体の中で自分の子供が日に日に成長していくというのに、ただ見ているだけしかできない。一体自分に何ができるのだろうともどかしさばかりが募る。
「何だよ、生まれてからだって役に立てんのかよテメー。いっぱしの父親気取りやがって。父親は俺だ」
「お前は母親だろ」
「うるせェそこは譲らねえぞ」
「好きにしろ、何のこだわりだよ」
 季節が巡る。芽吹いた命にもうすぐ会える日が来る。
「女は腹抱えて子を産む。その分、男は頭抱えて子を育てるのが筋、か。だったら俺は何なんだか」
「ああ? 何だそりゃ、」
「前に沖田くんに言われてな。まさかこんなことになるとはねェ」
 呆れたように腹を撫でながら銀時が笑う。俺も手を重ねて鼓動を探った。温かい。
「総悟か。今回も真っ先にお前の事気付いてたみてェだな。アイツ何なんだ」
「ほんと末恐ろしいガキだよ。おかげで計画がパアだ」
「……複雑だな。アイツどうせ面白がってただけなんだろうけどよ。おかげで俺は此処に居られるんだしな」
 一人では生きられない。手にした温もりを失わない為にも、もう二度と、離れない。
 あの日触れ合ったことも、奇跡でしかなかった。
「そういやまだ性別わかんねェのか? 名前どうすんだ」
「お前……気が早ェって、のんびりいこうぜ。時間はたっぷりあるんだからよ」

 もうすぐ会える、その日まで。
 とりとめのない未来の話をしよう。
 日が沈んでも、夜が明けても。隣で一緒に歩いていくことができたなら、何も恐れるものはない。


【END】

読んでくださってありがとうございました。
3/14かぶき町大集会9にて後日談(土方さんがお登勢さんにケジメをつけにきた夜+出産当日のドタバタ)を加えた完全版を発行予定です。

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