宵待ち人にくちづけを



 望むのならば、いつだってくれてやる。

 本当に欲しいものを口に出さないことを知っているから、そう思うのかも知れない。
 黙って手を差し伸べたところで「要らない」と跳ね除けられるのは目に見えている。
 それでいい。お互いそれを選んだのだから。

 耳を澄ませば梟の鳴き声でも聞こえそうだ。
 闇が口を開けて、ともすれば足元を掬われてしまいそうになる。

 気を紛らわすように、珍しく地面に転がった小石を蹴りながら溜息を吐いた。
 後ろから一人、後をついてくる気配がある。油断させて誘き出すか、それともこちらから仕掛けるか。考え倦ねていると、不意に横から伸びてきた腕に身体を掴まれ、路地裏へと引き込まれた。
「っ、何しやが、」
「ふくちょ〜さんはっけーん、」
 耳元に吹き込まれた声は慣れ親しんだもので、性質の悪いことに、その響きは俺を甘く揺さぶった。充満する酒の匂いとはまた別にぐらぐらと眩暈を引き起こす。
「テメー何やってんだこんなとこで、」
「あ、テメー呼ばわりたァ、何だコラァ。ダーリン、ウチ会えて嬉しいっちゃ、」
「気持ち悪ィこと言ってんじゃねぇ!酒くせえんだよ!」
 よっぽど酔っているのか、ぎゅうぎゅうと抱き締めてくるばかりか熱くなった腰を押し付けてくる。うっかり反応してしまいそうになって頭を抱えた。普段ならいい、むしろ歓迎、ここ以外なら問答無用で即いただきます、だ。
 しかしこれから斬り合いにでもなりそうな場所でこれはないだろう。
「ちょ、バカはなせ、」
「ん、」
 重ねられた唇からアルコールの匂いが移る。濡れた舌が俺の唇を開かせようと、猫がミルクを舐めるように音を立てながら往復する。乱暴に絡めて熱を分け合いたくなる衝動を必死に抑えて、目の前の身体を引き離したのと背後に気配が迫ったのは同時だった。
「真選組副長、土方十四郎殿とお見受けす、」
「邪魔すんじゃねェェ!!!」
 銀時の飛び蹴りが豪快に決まり、編み笠を被った男は用意してきた台詞を言い終えぬままに気を失う。俺は自分の額から何とも間の悪い冷や汗を垂らしただけだった。少しだけ相手に同情する。相手がのびているのを確認すると、銀時は満足げに頷いた。
「おっし!」
「…オイ、」
 パンパンと手を叩きながら振り返った銀時の顔はしっかりと俺を見据えていて、足元もしっかりしている。俺を見つめる瞳は穏やかに揺れていた。ワザとらしい行動の意味を理解すると、顔に熱が集まっていく。
「…銀時、」
「ん?」
「……続きは?」
 腕の中に抱き寄せて、悔し紛れに呟いた。耳元で吐かれる息に銀時は擽ったそうに震えながら、俺の顔を覗き込む。きっと真っ赤になっているだろうから見られたくなかったのに。
「…万事屋銀ちゃん、休憩コースは二千四百九十円です。」
「何だその中途半端な数字は、」
 耳朶を軽く食みながら、舌でゆっくりと弄る。腰を探りながら、今度は俺が熱を押し付けると、銀時は再び酔ったように熱い息を吐いた。
「宿泊コースは?」
「…んっ、高いぜ、」
 啄ばむようなキスを繰り返して、問いかけると意地悪そうに口元を吊り上げる。半年分の米でも買わされるのかと覚悟すると、銀時は俺の手を取り、指先に口付けた。
「体で払ってもらうから、」
 銜えた指を口の中へと押し込んで、いやらしく前後へと動かす。意図した行為に煽られて、また熱が上がっていく。
「銀さんに朝までご奉仕しねえといけねーよ?」
「…上等だ、」

 酔っていたのが本当か。
 待っていたのが本当か。
 誤魔化すのは好きじゃないが、誤魔化されるのは嫌いじゃない。

 たまに見せる素顔ごと、呑み込んでしまいたくなるから。


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