Honey Trap 1


※269訓「蜂に刺されたら小便かけろってアレは迷信ですバイ菌が入るから気をつけようね!!」より
責任取らされて女王蜂になった銀さん妄想です。おバカ注意!



 その日は朝から太陽が焼け付くように照り続けていた。
 額から汗が吹き出し、隊服のシャツや下着はじっとりと肌に貼り付いている。

 せめて少しでも涼を得ようと、自販機で冷たいコーヒー買った。冷えた缶を額と頬に当ててからプルタブを開ける。一気に煽ろうとした瞬間、目に入った光景に俺は口に含んだコーヒーを噴き出した。

「…な、何のつもりだテメー」

 ゲホゲホと咳き込みながら、目の前に現れた男を凝視する。
 今度は何のコスプレだと溜息を吐く。上半身こそまともだが、奴の下半身はミツバチの着ぐるみのように見えた。
 あ、ハッチか?と声に出した瞬間、男は俺に気付いてゆっくりと振り返った。よたよたと歩き辛そうに足を動かし、俺の姿を確認すると、直ぐに前を向いて歩き出そうとする。まるで見なかったことにするかのように。
「オイ、ちょっと待て。何だそのふざけた格好は、」
 思わず差し出した手はパチンと高い音と共に叩き落とされた。何だその態度は!と文句の一つでも言ってやろうと顔を上げるが、俺の手を叩いたのは目の前の男ではなかった。
「兄ちゃん、ワシらの姐さんに何か用かい?」
「は?」
 顔に物騒な傷をつけた、いかにもその筋の顔つきをした男が、眉間に皺を寄せながら人を射殺さんばかりに睨み付けてくる。
「何訳わかんねえこと言ってやがる。俺はアイツに言ってんだよ。オイ、万事屋!」
「訳わからんこと仰ってるのはオタクの方でしょ。万事屋?どこにそんな奴がおるっちゅーんや。あん人は今日からウチの大事な姐さんですわ。」
「何言って、」
「そうでしょ、姐さん?」
 男が得意げに口元を吊り上げながら、万事屋に問い掛ける。
 知らず知らずのうちに、冷や汗が垂れていく。万事屋は視線を宙に泳がせて、躊躇うように口を噤んだ。頼りない仕草に動揺する。どうしてすぐに否定しねえんだ。
「…万事屋、」
 いつの間にか俺は祈るようにしながら奴の言葉を待っていた。だが、その想いは儚くも打ち破られる。

「…お前なんて、知らねえ、」

「何言ってんだ!お前、」
「知らねえ、」
 万事屋は俯いたまま、まるで言い訳をする子供のようにぽつりぽつりと呟く。決して俺の顔を見ようとしない。本当に人違いじゃないかと思ってしまいそうになる。いや、別人であればよかった。俺はまだ何が起こっているのか理解できない。混乱したまま無意識に引き止めようと手を伸ばす。だが、再びその手は遮られた。
「そーいうことですわ、兄ちゃん。これ以上因縁つけるんならコッチにも考えがありまっせ。」
「何を…っ!オイ!どーいうことだ!万事屋!」
 腕を掴まれ、ギリギリと締め付けられる。痛みに顔を歪めると、男は舌打ちをして俺から万事屋を引き離した。
「万事屋なんておらんゆーとるんじゃ!」
 腹に激しい衝撃を受けたと理解したのと同時に壁に叩きつけられる。

「土方!」

 げほげほと咳き込みながら、失いそうになる意識を引き戻したのは万事屋の声だった。腹を押さえながら立ち上がると、万事屋は俺を見て「しまった」というように口を押さえた。その姿に確信する。
「…お前、やっぱり、」
「し、知らねえ!俺はテメーなんか知らねえ!」
 何かを振り切るように激しく頭を振り、視線を俺から逸らす。
「…銀時、」
「……!」
 だが、思わず零した名前にビクリと震え、怯えるように顔を上げた。紅いガラス玉のような瞳が驚愕に見開かれる。確かな、悲しみを湛えて。
「…俺は…知らねえ、」
 ゆっくりと左右に首を振って後ずさる。すると、傍らに控えていた男がその頼り無い肩を掴んだ。
「行きましょう。アンタはウチの姐さんじゃ。」
 男に促されて、万事屋が静かに足を踏み出す。その姿に目の前が真っ赤に染まった。

「ふざけんな!オイ!…銀時!!」

 理由もわからないままに、何度も何度も名を呼び続ける。万事屋は一度も振り返らなかった。太陽の光を浴びたその頬が光って見えたのは気のせいだったのだろうか。


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