Eat Me, Drink Me


 ふわふわと甘い香りが漂っている。

 鼻腔を擽るのは目の前に用意されたケーキからなのか、それとも目の前の男から発せられるものなのだろうか。土方にはわからなかった。
 甘い物は好まないにもかかわらず、単純に両方美味そうだと思った。普段はわがままな猫のようにそっけない男が自分の為に用意してくれたのだから尚更だろう。
「すげえな。万事屋よりケーキ屋のほうが向いてるんじゃねぇのか?」
「何言ってんだ。冗談じゃねェよ。」
 作っても自分で食えないなんて拷問だろ、と土方の皿を突いてケーキを頬張る。
「自分で食うから作るんだよ。面倒臭ェ過程を我慢してな。」
「へえ、好きこそものの上手なれって訳か。」
 銀時の動きにつられるようにして、土方も大きめに切ったケーキを押し込むように口に入れた。すると白い手が頬にそっと伸ばされる。骨張った指が優しく口元を拭った。土方の口の端についていた生クリームがそのまま銀時の舌に絡まっていく。誘うように細められた瞳が、ちらりと情欲の色を覗かせ始めた。
「……そ。だから俺は土方くんも得意なんだぜ?」
「は?」
 生クリームのついた指を舐め上げて、目の前の口元が得意げに吊り上がる。銀時は妖艶な笑みを湛えて土方を一瞥すると、舌先にクリームを乗せたまま今度は土方の指をゆっくりと銜え出した。意図的に覗く赤い舌が、まるで見せつけるように上下に動く。こちらを窺う銀時の笑みがより深くなったのを見て、土方はしまったと思いながらも視線を逸らすことができなかった。思わず息を呑むと、逆に銀時はふっと息を漏らして口を開く。

 試してみる?

 誘う言葉を音にせず、唇だけで形作るように。
 願ってもいない申し出だが、思い通りなるのは少し癪に障る。思えば今日でこの男との歳は縮まったのだろうか。それとも離れたのだろうか。それすらもわからない。

「……後悔しても知らねェぞ。」

 精一杯の虚勢を張って、テーブルの下に伸ばされた足を人差し指だけで撫で上げた。ゾクリと背筋を駆け上がる熱が中心に集まっていく。鳴り止まない心臓が、どうか気付かれていないようにと願うばかりだ。
 綺麗にデコレーションが施されたケーキを抓んで生クリームだけを手に取る。見下すように笑みを作って目の前に突き付けた。銀時は僅かに身体を震わせて、土方の指に舌を伸ばす。己の指に厭らしく絡みついた生温い感触に土方は目を細めた。

 どうやって泣かせてやろうか。

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